抹茶モンブラン

3−6. 愛するということ SIDEミックス

SIDE鈴音

久しぶりというには、あまりにも久しぶりな光一さんとの時間。
彼と過ごす時間は癒しの時間だったはずだ。なのに、今私達が過ごしているのは何か息苦しいもので、お互いに言いたい事を我慢している空気が漂っていた。
「コーヒーでいいですか?」
時間の無い彼が、頑張って調整してくれた土曜日の朝。
どこかへ出かけようという雰囲気も出なくて、結局私のアパートで過ごしている。
「お茶はいいから、傍にいてくれない?」
そう言った彼の瞳は、付き合い始めの頃に海ほたるで見たあの捨て犬のような弱りきったものだった。

「光一さん。疲れてるの?それとも、何か心配事があるの?」

鹿児島にいるというあの若い綺麗な女性の事が私の中では相当気になっていたけど、それは口にしなかった。
こうやって、私は自分の悩みはどんどん後回しにする。
我慢している意識はあまり無いんだけれど、光一さんが思い悩んでいる事の方がずっと心配だ。

「…疲れてるっていうか、もう限界かもしれない」
隣に座ると、彼は言葉少なに私を抱きしめてきた。
「限界?体調悪いんですか?忙しすぎて、ちゃんと食事とってないとか…大丈夫ですか?」
心配になって、私は彼の痩せた体をぎゅっと抱きしめる。
プールで鍛えていた体が半年で一回り小さくなった気がした。

この人は…本当に仕事で命を削っている。
高田さんみたいに「仕事は趣味を楽しむ為の一つのアイテムに過ぎない」というスタンスとは全く違っている。
日本人の感覚では、どうしても仕事を頑張るのが美しいという感覚があるんだけれど、冷静に考えると、こんなに追い詰められて毎日過ごさなくてはいけない生活っていうのは果たして幸せなんだろうかという疑問がわく。

でも、これも光一さんにとっては生きる証として大事なものらしいから、仕事量の事をどうこう言う事は出来ない。

「鈴音…もっと強く抱きしめて」
私の肩に顔を埋めて、光一さんの声が微かに震える。
「こうですか?」
自分の力なんかたかが知れてるんだけれど、なるべく彼が安心するように深く彼を抱きかかえる。
すると、彼も我慢の糸が切れたみたいに、私を強く抱きしめ返してきた。

「光一さん…苦しいです…」
あまりの強い抱擁に、息が出来ないかと思うぐらいだった。
「本当は毎日こうやって君を抱きしめていたい。愛が伝わる道具はどこにも無くて、こうやってダイレクトに君を抱きしめる時しか安らげなくなってる…胸が苦しいんだ。どうしたら鈴音を失わないでいられるんだろう…」
そう言った彼の顔は見えなかったけれど、苦しくて仕方ないんだという気持ちが嫌というほど伝わってきて、私の心も一緒に切なくなった。

前夫以外には触れられた事の無い私の体。
この体に光一さんが触れる事で、愛が確かめられるなら…と私は思った。
後悔なんかしない。
本気で好きな人となら、愛し合うのは自然な事だし、今まで光一さんがすごく我慢してくれていたのも分かっていた。

「光一さん…あなたの肌に触れていいですか?」
私は勇気を振り絞って、自分から彼の体を求めた。
「…鈴音?」
彼から一度体を離して、私は着ていたTシャツを脱いだ。

下着だけになった私の上半身を、彼はじっと見つめている。
ここしばらく体重計にも乗ってなかったから、自分の体重がどれぐらいあるのか分からなかったけれど、とりあえず見られてもいいぐらいの体形は維持しているつもりだった。

それでも…まだ明るいうちにこんな姿を見せるのは、当然恥ずかしい。

光一さんは何も言わないで、私を強く掻き抱いた。
「光一さん…」
「鈴音、言葉には出来ないほどだよ。綺麗過ぎて…触れるのが罪のような気がする」
そう言って、彼は遠慮がちに私の上半身に優しく何度もキスをしてくれた。

彼も着ていた上着を脱ぎ、私達は初めてお互いの肌を合わせた。

「熱い…。光一さんって手とかヒンヤリしてるから体温がどれくらいなのかなって思ってたんですけど…」
彼の胸に頬を寄せてみると、驚くほどの熱を感じて私は驚いていた。


SIDE光一

「鈴音の体は自然な温もりだね、暖かいし…柔らかい」

鈴音の体を思いがけず、知ることになった。
正直、自分がこれだけ長い間好きな女性に対して体の欲求を我慢できていた事が不思議なぐらいだった。
それでも、鈴音の安らかな寝顔を見るだけで嬉しかったし、甘いキスを交わすだけで僕の心は自然に落ち着いていた。

なのに、この夜の僕は本当に限界だった。
高田に奪われかねないというピンチも感じていたし、鈴音の心がどんどん遠くなるのも気になっていた。
彼女は不平不満を言わずに自分から身を引いてしまうタイプのようで、怒りを爆発させるというのは極めて稀だ。
僕が仕事で忙しいというのが大前提になっているから、文句も言いづらいんだろう。
こんなに我慢をさせてしまっている自分の状況がどうにも悔しい。

触れてもいいのか迷っていた僕を、鈴音の方から誘導してくれた。

下着姿になった鈴音の体は、本当に妖精かと思うような綺麗さだった。
まだ午前という明るい時間。
カーテンをひいていても、その明るさはごまかせなくて、僕は初めて見る彼女の体の美しさに見とれていた。
「明るすぎますね…恥ずかしい」
そう言って、彼女は身を縮めた。
「…ベッドに行こうか?」
彼女の寝室は遮光カーテンになっていたから、普通のカーテンよりは暗くなる。
鈴音が恥ずかしそうに頷いたから、僕はそのまま彼女を抱き上げて寝室へ移動した。

どれぐらいの体重なのか分からなかったけど、驚くほどの軽さだった。

「鈴音、ちゃんと食べてるの?」
「ん…でも、最近はちょっと食欲落ちてたかな」

寝室のベッドにそっと彼女を寝かせて、改めて唇にキスを落とす。
鈴音の方からも首に両腕を絡ませ、僕の体が離れないように強く抱きしめてきた。

鈴音に対する不必要なほどの心配事が、肌を合わせる事で薄らいでいくのを感じた。
さらっとした肌と肌が合わさり、その温もりに、緊張状態が続いていた脳がホッと緩むのが分かる。
下着を全て取り払い、密着する肌を全身で感じながら、キスを繰り返す。

色々自分の中でも鈴音に対して言い訳しようと思っていた事がたくさんあった。
謝らないと…と思っていた事もあったし、高田に対する気持ちはどうなのかとか…どうやって聞いたらいいんだろうと思う事がたくさんあった。

なのに、お互いの体を絡ませるに従って、そんな雑念はどんどん遠まわしになる。
本当は一番に聞きたい事があったんだ。
これをごまかしてはいけないという思いもあったのに、僕はすっかり鈴音の体に夢中になっていた。

「光一さん、無理な仕事しないで」
僕の体を気遣って、そんな言葉をかけてくれる。

鈴音。
君はどうしてそんなに何もかもを悟ったような言葉を言うんだい?
いつでも僕が君にリードされているような気分になるよ。

この日一日、彼女の体を独占した。
恐ろしいほどの独占欲が後から後からわいてきて止められない。
いくら抱いても足りない感じがする。

愛しい鈴音の体。
僕の腕の中で彼女は美しく乱れる。
可愛く甘い彼女の声。
肩に届くほどの少し色素の薄いセミロングヘアが汗で頬に張り付き、その姿が猛烈に色っぽい。


その体を、僕は優しく…激しく…抱いた。

疲れきっていると思っていた自分に、どこからこんなパワーが出てくるのか分からなかったけれど、とにかく僕にとって鈴音という存在は必要不可欠なんだという事がハッキリした。

こんな魅力ある女性を手放した男は、どんなバカなんだろうと思う。
過去の男を意識するのは自分も苦しいから、考えないようにしているんだけれど、時々本当にこの女性を手放した男が後悔してないだろうか…と思ってしまう。

僕はいい人間じゃない。
人間としたら、僕は全くいい人間とは言いがたい。
それが分かっているけれど、この天使のような女性を僕は一生手放したくないと思ってしまう。
あの世で地獄に落ちるとしても、彼女の背中にある白い羽の一本でも手にした状態で地の底に落ちて行きたいと思う。

女性を好きになるというのは、こういう気持ちだったのか。

人間を愛するっていうのは、こういう事だったのか。

今まで生きてきて、全く得られなかった心の満足感というものを、僕は生まれて初めて感じる事ができた。

愛してる…口に出来ないほどだよ。
鈴音、君を一生手放したくない。

僕の命…僕の…全て。


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