抹茶モンブラン

5−8 永遠に… 

SIDE鈴音

「乙川さん、これ素敵じゃないですか?」
そう言って高田さんが私に見せたのは、鈴の付いたストラップだった。
キャラクターとかはあしらってなくて、単純に鈴だけがついたものだ。
「こういうの売ってるんですね」
「大人の男が付けてもおかしくないストラップを探してて。小さい鈴がついてるぐらいならいいかなと思ったんです。それに…」
そこまで言って、高田さんは私を見た。
「鈴って、乙川さんそのものみたいな感じじゃないですか」
照れた調子でそんな風に言われると、私も返事に困る。

「高田」
またまたタイミング悪いっていうか…後ろには光一さんが立っていた。
「無駄口たたいてないで仕事しろよ」
「あ、完成したレポート見ていただきたくて来たんですよ」
「そうか、じゃあそれだけ渡して戻れ」
「…本当に乙川さんの事になると分かり安いほど反応しますよね」
ボソッと高田さんがそう言うと、光一さんは彼をひと睨みして席に戻った。

                      *

鮎川さんが鹿児島に帰ったと聞いてから1ヶ月。
私の会社生活はいつも通り、光一さんの忙しさもいつも通り。
1年前と変わらない風景になっていた。

彼女が歩けると聞いた時は、私もまさかと思って光一さんに何度も本当なのかと確認した。
それが本当で、さらに光一さんがハッキリ私との交際を続ける話をしてくれた事も知り、車の中で私はしばらく泣いていた。
自分が余計な偽善行動をしたせいで、結局鮎川さんも苦しんでいたみたいで、最初から光一さんは誰にも譲れない人なのだと言葉を選んで伝えるべきだったのだと分かった。

「ごめんなさい。私が余計な事を言ったりしたから」
「僕だって相当迷ったよ、何て言うのが紗枝にとって一番いい言葉なのか。それを考えた時、やっぱり彼女には自分の歩く道をちゃんと見てもらわないとって思ってね」
光一さんが言った言葉は、小山内さんの言った「自分の気持ちを大切にしているからこそ出る優しさ」そのものだった。
彼は自分の心も大事にしつつ、紗枝さんを全力で助けたいという気持ちを語った。
私は改めて、光一さんの核心の部分が非常に優しいのだと分かって、本当に嬉しかった。

どんな彼でも愛している事には変わり無いんだけれど、やっぱり人間として尊敬出来る人だと知るのは愛情をさらに深めるものになった。

                            *

忙しい光一さんだけれど、以前のように可能な限り夜は泊まりに来てくれる。
「高田はちょっと鈴音と近くで話しすぎじゃないのか?」
夕食後のコーヒーを飲む私達。
彼はいつも通り角砂糖2個を入れ、ミルクをたっぷり。
「光一さんが気にしすぎだと思うけど。別に普通に会話してるだけなのに」
「いや、鈴音が鈍感なんだよ。油断も隙もない」
鈍感…って、光一さんに言われたくないわ。
そう思ったけど、これ以上不毛な会話をするのも嫌だから、私は黙って聞き流した。

この日は何だかすぐに眠くなってきて、私はコーヒーの食器を台所に入れてそのままベッドにパサッと横になった。
「鈴音、具合悪いの?」
ベッドサイドに寄ってきて、光一さんが私の顔を覗きこむ。
「ううん、眠いだけ」
「……」
瞳をキラキラさせた彼が優しく私の髪を撫でながら顔だけベッドにのせている。
そのまま黙っていると、彼は軽く“ちゅっ”と私の唇にキスをした。
何度交わしても、甘くとけるような彼のキス。
微かにさっき飲んだコーヒーの香りがして、私達は同じ空間の中でこれ以上無いとう程近い距離にいるのだと思った。

「光一さん…また一緒に過ごせて私、すごく幸せ」
私がそう言うと、光一さんはクスッと笑った。
「鈴音が先に僕から離れようとしたんだろ?もう二度と許さないから…僕から逃れるなんて、絶対許さない」
そう言って、彼は今度はもっと深いキスをしてきて、そのまま同じように何度も角度を変えて繰り返した。
息をするのも苦しいぐらいの連続キス攻撃に、私は胸の高鳴りと呼吸できない苦しさで顔を背けようとした。でも、それを許さない彼が、さらに顔を抑えるように私の頬に手を寄せて、私の口の中まで押し入ってきた。
もう頭は真っ白になって、ただ彼から送られる快感の波にのまれる。

「ああ…光一さん。愛してる…大好きよ」
彼の首に腕をまわして、離れないように体をぴったりと彼の胸に押し付ける。
「僕は口に出来ないほどだから、言わない。それぐらい鈴音が大事だ」
唇のキスから首筋へと移動させられ、私の体がどんどん感度を増す。

終わらないキスが長く続き、そのまま自然にお互いの肌に着けていた衣類を取り払う。
熱い体を寄せあい、相手の心臓の音をしっかり聞きながら抱き会った。
光一さんの腕の中だと、私は水の中でも泳いでいるかのように体が軽くなるのが分かる。
彼が何か耳元でささやく度に体の温度が上がり、口にしようとした言葉は全てキスで絡めとられてしまう。

こんなに愛せる人がこの世にいるという事が、私は不思議だった。
一度別の人を愛したはずなのに、光一さんに対する気持ちはその時の数倍にふくれ上がっている。
何が違うのか分からなかったけれど、お互いに求め合う気持ちがそのパワーを倍増させているような感じがした。
愛のバランスが崩れると、どちらかが負担になるのかもしれないけれど…今のところお互いの重すぎるかなと思える愛情も愛しく感じられる。
この関係がずっと続くとは限らないし、どこでまた揺らぎが出るのか分からないけど、私はもう自分の心に嘘をつくのだけは止めようと思った。

俊哉に裏切られた時。
私は泣いて攻撃して、もっともっと本気で彼を責めれば良かったのかな…と、ふと思う。
私の本気な状態を見せていたら、別れる結末が同じだったとしても傷は半分で済んだかもしれない。
怒りを内側に閉じ込めたから、私の心は壊れた。

「鈴音…鈴音」
何度も私の名前を呼び、愛おしそうに私の体中にキスをする光一さん。
彼のさらっとした髪を撫で、私は年上の彼を可愛いと思っていた。
愛情をどこまでも求める彼、私は際限無くそれに答える。
それが何よりも私を幸せに導いてくれる。

                       *

ある日、光一さんが急に海ほたるへ行こうと言った。
何度もそこは訪れていたし、どうして今更…?
「何度行ってもあそこの夜景は綺麗だから」
と、光一さんは言った。
私もあそこは好きだったから、それ以上は何も言わず一緒に海ほたるへ向かった。

「鈴音がこの橋の上でいきなり降りるって言い出したの覚えてる?」
アクアラインを走りながら、光一さんが面白い事を思い出したっていう感じで笑った。
「もう、それ忘れてよ。あの時は光一さんが失礼だったんだから!」
「そうだった。それでうっかり鈴音に嫌われるところだったんだよ」

私の心をあっさり開いた光一さん。
私が取り乱すほど怒った事なんかあの時まで一度も無かった気がする。
出会うべき人と出会ったという事だろうか…。

                       *

1年前と同じ海ほたるの夜景。
やっぱり何度見ても綺麗。
あの日より今日は若干風が弱く、海の水面も静かだ。

「鈴音」
今まで冗談なんか言ってずっと笑っていた光一さんが、急に真面目な声で私の名前を呼んだ。
「…どうしたの?」
彼の方を向くと、光一さんはちょっと言いにくそうに下を向いている。
「あのさ、こういうのどう言っていいのか分からないけど。……僕と一緒にずっといてくれる?」
子供がお母さんの手を握るみたいに、彼は左手で私の手をぎゅっと握った。
「当たり前でしょ?私は光一さん以外とはもう無理なんだから」
そう答えると、彼は嬉しそうな顔をして、もう片方の手に小さな箱をのせて差し出した。
「……」
「指輪。一緒に決めなくてごめん、勝手に選んでしまったよ」
これは…左手の薬指につけていいものなんだろうか。
それを確認したくて私は彼の顔を見上げた。
すると、光一さんは優しく頷いて「一生僕と一緒に生きて欲しい」と言った。

二度目に現れた運命の人。
本当かしら…本当にこの人は私を一生のパートナーにしてくれるのかしら。

私は夢でも見ているような感覚になった。
「愛してるよ…鈴音」
そう言って、光一さんは私を深く自分の胸に抱き入れた。
「…私も」
目をつむって、彼の体温と心音を感じる。

「ありがとう、光一さん。ずっと一緒ね、一緒にいられるのね」
「うん。こんな僕だけど…よろしく」
恥ずかしそうにそう言った光一さん。
私達は周りに人が少ないのを確認して、甲板のようになった海ほたるの上でそっとキスを交わした。

ほろっと苦味を加えた甘い甘いお菓子のようなキス。
きっと私達の恋は、こんなお菓子に似た味だったような気がする。

どうか、これからも甘いキスを忘れない二人でありますように。
どうか、もう二度とこのつながれた手が離れませんように。

こんな願いをかけながら、私は指輪の光った左手で光一さんの頬をそっと撫でた。

抹茶モンブラン END
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