Smile! 新生活編2


12−1 後輩の悩み相談

SIDE菜恵

久しぶりに飲み会に参加し、私は普段感じられない解放感にひたっていた。
聡彦は当然いい顔はしなかったけど、梅木さんの件などで私が色々ストレスを感じていたのを理解してくれて、私にも息抜きの時間は必要だと思ってくれているようだ。

で、久しぶりのアルコール。
普段は全く飲まないから、ビール一杯でもホロホロと酔ってしまう。
「後藤さん…聞いて下さいよ」
「どうしたの?」
気付くと、何故か私は牧村くんの恋の悩み相談相手になっていた。
年下の可愛い牧村くんは、彼よりさらに若いハタチの子と付き合っているらしい。
「彼女の束縛がきつくて、苦痛なんですよー…。好きだって毎日電話で言わされるし、携帯に女の着信が無いか毎回チェックされるし、どういう女の人が職場にいるのかとか…とにかく恋人なのにストーカーされてるみたいな感じなんですよ」
牧村くんはほとほと疲れた…という顔をしている。

酔った時じゃないと口にできない愚痴なんだろう。
普段の彼は真面目な好青年なのだ。

それにしても、彼の悩みは他人事ではない気がした。
今ではそれほどひどくないけど、結婚前の聡彦を思い出す。
ある意味、あれはストーカーに近い束縛だったような…。
それでも私は彼を好きだったから乗り越えられたけど、恋愛感情がそれほど大きくない場合は当然幻滅の材料になるだろう。

「それぐらい牧村くんの事が好きなんじゃない?彼女は学生なんでしょ?社会人の牧村くんが、どういう世界にいるのかまだ分からないだろうし…空いた時間なんかに色々考えて不安になってるんじゃないのかな」
私は一応女として答えられる範囲の事を言った。
でも、牧村くんは首をふって納得を見せない。
「そんなのを超えてるんですよ。仕事が遅くなってデートが駄目になった日なんか…携帯に何十回もメールが来て、“もう終わった?”“何時に終わる?”“泊まりに行っていい?”って…すごいんですよ!俺、正直彼女の事が好きなのか自信なくなってきました」
真面目に別れを考えてしまっている様子の牧村くん。
私も困って返事をしないで黙っていると、テーブルに置いてあった牧村くんの携帯が鳴った。
「噂をすれば本人…。彼女ですよ…」
げそっとした顔で、彼はしぶしぶ携帯に出た。

「え、だから今日は会社の飲み会だって言ったじゃん。え?証拠?んなもんあるかよ」
何だか無茶な事を言われているらしい。
こういう時は無理にでも上司の声なんかを聞かせて安心してもらった方がいいと思う。
そう思って、私は彼に上司を指さしてジェスチャーをした。
すると、何を勘違いしたのか彼は私に携帯を投げてよこした。
「え、何で私?違うよ、木村課長にでも話してもらえばって思っただけだよ」
慌てて携帯を返そうとしたら、私にも聞こえる声で電話の向こうの彼女が激怒していた。

『ヒデくん!今の女誰?やっぱり女と飲んでるのね?』

相当な剣幕だ。
聡彦は静かに怖かったけど、静かに怒るタイプだ。
牧村くんの彼女はヒステリックみたい。

「今のは職場で一緒の先輩だよ……。もう結婚もしてる人だし、子供もいる。俺がどうこうアタックできる人じゃないんだってば」
牧村くんは酔ってるとは思えないほど理路整然とした言い訳をしていた。
でも、彼女は私に対する怒りがおさまらないらしい。
「後藤さん。すみません…彼女がどうしても一回あなたと話したいそうです」
どうにもならないらしく、彼はまた私に携帯を手渡してきた。
しょうがないから、私はその電話に出た。
何とか牧村くんに対する誤解を解いてあげないと。

「後藤です。私は単に職場で一緒に仕事をしている子持ちの主婦ですから…全く心配ないですよ」
私はなるべく自分はもう枯れた主婦なのだという事を強調しようとした。
でも、彼女はまだ食い下がってくる。
『社内写真見せてもらった事があるんです。ヒデくんが後藤さんっていう人が一番綺麗だって言ってたの覚えてるんですよ!!酔いに任せてヒデくんを誘惑するの止めてください』

ハタチってこんなに若いんだっけか。
私の中で、ハタチの頃の自分を回想していた。
まあ、確かに恋愛面では未熟だったし…相手の事より自分の思いを遂げる事の方に集中してしまいがちなのは仕方ないかもしれない。
「とにかく、私には夫も子供もいて、家庭を大事にしたいと思ってるので。牧村くんとは仕事上での仲間でしかないですから…心配しないでください」
無駄かもと思ったけど、とりあえずそれだけ言って携帯を牧村くんに返した。
その後何を通話するのかなと思って様子を見ていたけど、どうやら向こうから通信を切ってしまったらしく、牧村くんはイライラを隠しきれずに頭をかきむしっていた。

「駄目だ、もう別れるしかない」
「え、待ちなよ。今は頭にきてるからそう思うかもしれないけど、酔いをさましてもっと冷静にならないと…後悔するよ?」
私は慌てて彼の決断を止めに入った。
早急な決断はまずい。

すると、牧村くんは私の顔を真面目に見て他の誰にも聞こえないようにこそっと耳打ちした。

「だって…俺が後藤さんの事好きなのは嘘じゃないから。しょうがないです」

「……え?」

私の言葉処理が間違ったかと思って、もう一度牧村くんを見る。
彼はいたって真面目な顔をして携帯をポケットにしまっていた。

私には聡彦という夫がいて、和彦という子供がいる。
当然他の異性との恋愛関係は御法度だし…私にもそんな気はみじんもない。
好意を持たれても困る。
私はちょっと焦っていた。
なのに、牧村くんは今言った問題発言を無視してシラッとした顔でビールを飲み続けていた。
今のセリフに何かフォローはないんですか。
そう思ったけど、それ以降彼とは話すチャンスが無くなって、飲み会はお開きになった。



今回は理性をしっかり持ったまま、一人でタクシーに乗ってアパートまで帰った。
タクシーの中で牧村くんの言葉を考える。
何だろう…付き合いたいとかそういう気持ちじゃなくて、とりあえず人間として好きだと言うレベルの意味だったんだろうか。

携帯にメールが入った。
牧村くんからだ。
彼とは会社でも比較的仲がいいから、あまり深い意味もなくお互いのメールアドレスを交換しあっていた。

『今日は情けないところ見せてしまってすみません。後藤さんとの事が無くても、多分彼女とは駄目だったと思います。また恋愛相談のってくださいね。後藤さんみたいな人、もう一人いないかなー…って真剣に思ってます。おやすみなさい。牧村』

「……」
うーむ。
可愛い年下の男の子から好かれるっていうのは、正直悪い気はしない。
でも、このメールを聡彦が見たら絶対問題が大きくなる。
そう思って、私は彼に簡単なメールを返信した後すぐそれを削除した。

恋愛相談ならいくらでも受けるけど、それによって牧村くんが私に好意を大きく持つようになったらとても困るなあ…というのが正直なところだった。



「ただいまー。聡彦、ごめんね」
帰るなり、私は聡彦が何か怒ってやしないか気になって謝っていた。
すると、和彦を寝かしつけたばかりの様子で聡彦が寝室から出てきた。
「おかえり。菜恵、何でいま謝ったんだよ」
「え?だから、和彦の面倒も見てもらったし…夕飯の支度もできなかったし」
私が普通にそう答えると、彼は私の顔を正面からまじまじと見つめてきた。

「男のつける香水の匂い…あとはタバコと酒の匂い。最悪だ。さっさと風呂入ってこいよ」
「え、そんなに?」
自分では別に臭いとは思えなかったけど、彼の嗅覚は犬のように鋭いのだ。
牧村くんは確かにいつも男性用のコロンみたいなのをつけている。
ほのかに香る程度だから、全然いやらしくないんだけど…そういう匂いがすると嫌な気分になるのは梅木さんの件で私も分かっていたから、素直にすぐシャワーを浴びた。

さっぱりした体でリビングに戻ると、聡彦が何やら顔に縦線を入れてどんよりしている。

「どうしたの?」
そう言って、私は驚いた。
彼が手にしていたのは、私がさっきテーブルに放り投げた携帯だったのだ。
何だろう…何か消し忘れただろうか。

「これ何?牧村って誰」
そう言われて画面を見ると、牧村くんから新たにメールが入っていた。

『後藤さんと話してると何か癒されるって感じなんですよね。旦那さんが超羨ましいです。では、何度もすみません。おやすみなさい。牧村』

牧村くん!さっきおやすみなさいって入ってたから、もうメールはおしまいだと思ってたのに。
何故…こんな意味ありげなメールを入れてくるのよ!

「えとね、牧村くんは仕事でいろいろお世話になる年下の社員でね。彼が恋愛に悩んでたから、少し相談にのってあげてただけなの。別に何もないよ?」
私は何を言っても多分聡彦は納得しないだろう事を予測しながらも、とりあえず言い訳した。

「何もない…って。それは当たり前の事だろう?でも、牧村っていう男は確実に菜恵に好感持ってるよな?そういうのは気付いてる?」
「あー…どうだろう。彼誰にでもフレンドリーだから、別に私にだけ特別って訳じゃないと思うよ?」
焦るほど言い訳が何か嘘くさくなる。
もちろん聡彦も全く納得していない。

「梅木さんの事色々言ってたけど、菜恵だって変わらないじゃんかよ…。今日は菜恵が帰ったら一緒に見たいビデオあったけど、やめた。俺寝るから」
そう言って、聡彦は子供のようにふくれっ面をして寝室に消えた。

テーブルには彼が一緒に見ようと借りてくれたDVDが乗っていた。
タイトルを見たら、「紅の豚」だったから私は思わずプッと笑ってしまった。
彼はこの作品を20回は見たと豪語していて、アニメオタクの私ですら紅の豚はそんなに見ていない。
聡彦が言うには、主人公が豚なのにあんなにカッコよく書ける宮崎アニメは凄い…との事だった。
買えばいいのに、見たい時にレンタルする方がいいと言っていて、自分の手には入れようとしない。
聡彦は、きっと私の好みも考えてアニメを選んでくれたんだろう。
私は聡彦が怒ってしまった事にガッカリした。
二人で寄り添って暗い部屋でDVDを見るのは大好きなのに…。

こうして、牧村くんが絡んだ事で今後私達はもっと複雑な事になってしまうなんて…この時はまだ想像していなかった。

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ポルコが好きな聡彦です。
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