Smile!
2-3
 ツンツンツンデレの本心

聡彦との連絡を断って2週間。
向こうからも何も言ってこないし、私も今回ばっかりはもう折れる気はなかった。
それでも気分がいいかと言われれば、そうは言い切れない。
健太と一緒にいた事への嫉妬だけで、あそこまでひどい事が言えるもんだろうか。
男性と付き合った事は数回あるけど、お別れするのにこんなにつらい思いをした事は無い。

ということは、私は相当聡彦を好きだったって事だ。
趣味悪いなあ、私も。


「おつかれさま」
めったに顔を出さない本社の受付も取り締まっている佐川部長が、唐突に現れた。
ボーっと考え事をしていた私は、相当焦った。
「あ、おつかれさまです。急ですね」
普通はこっちに寄る前に事前連絡があるのに、今日は抜き打ちだった。
「いや、ごめん。忙しくて連絡してる暇なかったよ」
そう言って、部長はハハハッと笑った。
かっぷくのいい佐川部長は普段おっとりした人だけど、仕事の事にはわりと厳しいからちょっと緊張してしまう。
その部長が話を続けた。
「この資料館にもチーフを置いた方がいいだろうって事になって、急遽チーフを一人入れる事になった。八木くんだ、まだ25歳で若いが、かなり信頼できる人材だからここを束ねてもらうことにした」

部長の後ろにいたスーツ姿の若くて素敵な男性が、満面の笑みで私達にペコリと頭を下げた。
「今紹介いただきました八木修二といいます。とてもチーフとかいうキャラじゃないんですが、こちらの4人の受付の方と一緒に資料館を支えようと思ってますんで、どうぞよろしく」
ハキハキとしたよどみのない声質で、八木さんは私達受付業務をする女性社員にそれぞれ握手を求めた。

「よろしくお願いします」
沙紀がめずらしく顔を赤くして、彼の手を握っている。
これだけのイケメンなら、確かに手に触れただけで赤くなる気持ちも分かる。
私も握手をしたけど、聡彦の冷たい手と違って、ちょっとホコッとするような柔らかい手だった。
男性っぽくないっていうか、すごく綺麗な手だ。

こんな訳で、唐突に私達女4人だけで回していた資料館に急遽チーフ室というのが出来て、そこで八木さんは資料館の事を色々束ねることになった。

突然入って来た若いイケメン社員の事は、たちまち社内に広まって、意味もなく女性職員が資料館を訪れるようになった。
今までは聡彦がトップに躍り出ていた男性社員人気ランキングの1位が入れ替わったようだ。
どこでそんな集計してるのか知らないけど、時々そのランキングをエクセルで集計したものが出回ったりする。
この事を男性職員はあまり知らない。
当然聡彦だって自分が1位を独走していたなんて知らないだろうし、八木さんの出現で2位に落ちたことも知らないだろう。
ていうか、きっとこんなものどうでもいいっていうタイプだ。

一人で昼休憩になってしまった日、偶然八木さんも食堂に行くからっていうんで、私達は並んで歩いた。
「後藤さんはここから近い場所に住んでるの?」
普通に彼はそんな事を聞いてきた。
「ええ、バスで30分ぐらいです」
「一人暮らし?」
「はい」
「そうかー。僕もこっちに唐突に引っ越してきたでしょ、前は本社に通える範囲に実家があったから、そこから通ってたんだけど。いきなりの一人暮らしになって、学生の時みたいに自由にならないから結構大変だよ」
そう言って、八木さんはちょっと笑顔になった。
この人は、普段からまるっきり自然に笑顔を見せる人で、聡彦のゆがみっぷりから考えると、八木さんのストレートさっていうのは比較にならないほどだ。
「私も実は自炊とか不得意なんで、あまり一人暮らしをきちんとしてるとは言えないんです」
先にイメージは壊してしまった方がいいだろうと思って、私はありのままを言った。
食堂に並ぶ列の最後尾で立ち止まって、八木さんは私を見てさらに笑顔になった。
「何だか後藤さんって見た目と違って、個性的だよね。内部に面白いものが潜んでるって感じがする」
「そ、そうですか?」
私のオタク性質がバレてるんだろうか。
そんな事を思っていたら、背後に背の高い人が立ったせいで、私はその人の影で日差しから隠された。
チラッと見たら、思いっきり聡彦が真後ろに立っていた。
「!」
私はぎょっとしながら、何とも挨拶できなくてすぐに前を向き直った。
今、八木さんと笑顔で話してたのを見られた。

まあ、もう関係ない人だけど。

そう思うのに、心臓がバクバクしていて軽く汗が出そうだ。
「後藤さん?何か顔赤くなってるけど…暑い?」
確かにこの日は日差しが強くて比較的暑い日だったんだけど、汗をかくほどではなかった。
「いえ、ちょっと日差しが強いかなっていう程度です」
「そう?にしても食堂の列ってすごいね。いつ食べられるのか分からないなあ」
「あ、でも流れちゃえば結構早いですよ。食べる人も長居しないですし、45分しか休憩無いから皆わりと急いで食べてるんです」
私は自分の焦りを隠しながら、八木さんに食堂の事を色々説明した。

この様子を真後ろで全部聡彦が聞いているかと思うと、本気で立ちくらみしそうだったんだけど、どうしようもない。
第一もう聡彦は関係ない人だ。
彼だってサードカーを失ったぐらい、どうってこと無いに違いない。

八木さんとの時間はすごく穏やかだった。
男性を感じにくいっていうか、すごくソフトだから女性と話しているのと似た感覚で。
それでも、人気がある彼との食事は結構注目を浴びていて、私は定食ばっかり見下ろして、ひたすらガツガツと食べ続けた。
ただでさえ私は、聡彦との噂で、あまりいい印象を持たれてないらしいから。
これで八木さんと仲がいいとかいう噂になったら、ダイレクトに何か嫌がらせとかされてもおかしくない。
「そんなに急がなくていいんじゃないの?」
八木さんが私の食べるスピードに驚いていたけど、私は「ちょっと急いでるんで」とか言い訳して10分で定食を食べ終えた。
八木さんがまだ半分しか食べてない状態だったから、私は彼を残したまま食堂を出た。

早食いは得意じゃないのに、無理したせいで相当胃が重い。
何で今日に限ってカツカレー定食しか残ってなかったのか…。

もたれた胃を抱えて、私は資料館に戻った。
今日は3人で交代しながら受付してた。私が戻ったから、次は沙紀が昼食に出た。
先輩社員の沖田さんには、45分きちんと休憩をとっていただく。
これが先輩後輩の関係だ。
私と沙紀は本当にたまにしか一緒にランチする事が出来ない。
何となくフラストレーションも溜まっていて、そろそろ沙紀と愚痴大会を開きたくなっている。
聡彦の事も全部暴露してしまいたいし、先輩への不満とか、色々。

午後になるなり、私の心みたいに空が雨雲に覆われだした。
「やだ、降りそうだね」
そんな事を沙紀と話していたら、4時ぐらいからとうとう降り出してしまった。
一応毎日携帯傘を持ち歩いてるから、私はとりあえず濡れずに帰れるな…とか思っていた。

小雨程度だと良かったんだけど、この日の雨はどしゃぶりだった。
小さい傘では少し体に雨が当たるし、靴もしっとりしてきて、結局半分濡れてしまう。
バス停からアパートまでまだ500mぐらいあったから、私は相当濡れた状態でアパートに向かって歩いていた。

「ん?」

遠目に、アパート前に傘もささないでずぶぬれになってる男性がいるのが分かった。
まさかと思ったけど、近寄るにしたがって、その男性が聡彦だというのが分かった。
「聡彦!」
私は思わず傘を捨てて彼のところへ駆け寄った。
もうスーツなんかぐしょぐしょで、カバンだけ屋根のかかったところに置いて、ほぼ放心状態で立ちつくしていた。
「何で屋根のある場所にいなかったの?風邪ひくでしょ?」
私は急いで自分の部屋の鍵を開けて、彼を中に引っ張り込んだ。
聡彦は何も言わないで、ぽたぽたと髪から雫をたらしてどんよりしている。

バスタオルを持ってきて、とりあえず頭だけ拭いてあげたけど、どうしても体中が濡れてるから、全部脱いでもらうしかなかった。
「乾燥機にシャツとかはかけられるから。全部脱いで」
脱衣所にタオルケットとバスタオルを置いて、私は聡彦にほぼ命令口調でそう言って服を脱がせた。
私もびしょびしょだったから、彼が服を脱いでる間にささっと部屋着に着替えてすぐ暖かいミルクコーヒーでも作ってやろうと準備をした。

何故か彼に対して腹を立てていたのをすっかり忘れていて、雨に濡れて私を待っていた悲しそうな聡彦の顔が焼きついて、胸が切なくなっていた。

シャッとバスルームのカーテンが開く音がして、タオルケットを肩にひっかけた聡彦がフラフラっと出てきた。
上半身が裸なのが見えてしまって、ちょっと焦ったけど、何だか彼の落ち込みっぷりの方がひどくて気になった。

「何かあったの?スーツはすぐ乾かないからしばらくエアコンかけるね」
私はそう言って、シャツ類は乾燥機にかけて、スーツはハンガーにかけてエアコンがダイレクトにあたる場所に吊るした。

「ねえ…あき…」
何も答えない彼に、もう一回声をかけようとしたら、突然後ろから抱きしめられた。
タオルケットがバサッと落ちる音がして、私はほとんど裸状態の聡彦に抱きすくめられた。

「ごめん…」
聡彦がそうつぶやいて、さらに強い力で私を抱きしめてくる。
「3番目だなんて、嘘だよ。俺には菜恵しかいない。1番は菜恵だけ」
「……」
ツンツンツンの聡彦が、初めて私に謝った。
しかも、相当優しいトーンで私を一番だって言ってくれてる。
「聡彦」
私は振り返って、正面から彼の肌に直接触れた。
やっぱり彼の体は全体にひんやりしている。
男性らしい筋肉質な固い感触。
この感覚が、どうしても私は彼の包容力に感じてしまって、思わずぎゅっとしがみついてしまった。

どうやら、自分が言った言葉に落ち込んでた上に、お昼に八木さんと仲良くランチしてるのを目撃してしまった事が、さすがのツン男を打ちのめしたらしい。

「菜恵が別の男といるのを見ただけで理性がぶちきれるんだ。駄目だ…相当重症だ」
自分の言動がどうも説明つかないみたいで、聡彦は私の肩に顔を埋めてきた。
まだしっとりと濡れた彼の髪が首筋に当たって、ゾクッと何か甘い感触が体に走った。

「さっき言ったの本当?私は聡彦のサードカーじゃないの?大事な1台だけの車なの?」
「…ん。俺がそんなに器用に見えるか?」
「ううん。見えなかったから、余計ビックリした」

思いがけない展開で、聡彦が私を想像以上に深く思ってくれているのが分かった。
聡彦がこんなに素直になってくれるなんて意外だった。
どれだけ関係が悪くなっても彼から謝ってくるなんて想像できなかった。
私が本気で彼との関係を切ろうとしたのが伝わったのかな。

実際今日こうやって来てくれてなければ、私は聡彦とはどんどん距離をあけるつもりだった。
でも…彼は来てくれた。
だから、私はやっぱり聡彦が好きなんだよな…っていう自分の本心を隠しきれなかった。

「聡彦が好き。私もあなたが一番だよ。本当は嫌いになれたら楽なのになあって思うんだけど、私って一度好きになった人を簡単に嫌いになれないタイプみたい」
「菜恵…」
聡彦の声が微かに震えたのが分かった。


ほぼ裸の聡彦と、薄い部屋着の私は一つの布団でぴったりとくっついて、その夜一晩一緒に眠った。
まるで私が離れるのを恐れてるみたいに、彼は私をがっちり捕まえて一晩中離さなかった。
ちょっと苦しかったけど、聡彦の肌から感じられる温もりを感じて、すごくドキドキした。
至近距離で見る彼の寝顔は、可愛らしくて、思わず頬にキスしたくなった。

目を開けると手のつけられないやんちゃ小僧も、寝ると天使に見えるみたいに、聡彦の寝顔も、そんな母性をくすぐられるようなものだった。

ひねくれ者の、悪魔くん…あなたは本当に私を愛してくれてるんだよね。
だったらきちんと言ってもらいたいなあ、「菜恵、愛してるよ」って。
いつかちゃんとあなたの口から、その言葉を聞けるのを私はずっと待ってるから。


Smaile2-3 END

*** INDEX ***
inserted by FC2 system