Smile!

3−2.ツンが消える日

菜恵は俺のもの。
こう告げて彼女を本当に手に入れた。
正直、あんな脅迫まがいのメモで本当に来てくれるのか疑問だった。
俺はああいう感じでしか女性に接触できない。
ものすごく不器用と言えば何だかいいものに聞こえるけど、俺の場合「異常」だ。
好きな女性が切なそうに俺を見ているのがたまらなく好きだ。

独占欲が強いっていうのは自分も苦しいし相手をも相当苦しめる。
菜恵を好きになるほど自分が彼女を追い詰めるのを感じる。
近寄る男全てが敵に見えるし、実際菜恵は自覚してないだけで、男性社員の間で相当人気がある。
だから余計菜恵が別の男に走るんじゃないかという脅迫観念が働く。

それを素直に表現できる男の才能が心底羨ましい。

菜恵に触れられるのは俺だけだ。
彼女の熱いまなざしを受けるのも俺だけ。
それが例えアニメの主人公でも、実は許せない。

こう思うまで自分がのめり込んだ女性は今までいなくて、相当自分がおかしな性格をしている事を自分で思い知っている毎日だ。


2年前、受付に美人が入ったと聞いて何となく覗いた資料館。
確かに綺麗な子が二人並んでいた。
一人は明らかな美人顔で、鼻が高くて目がパッチリの芸能人タイプ。
もう一人はちょっとポーッとしてる感じで髪がふわふわしたメルヘンちっくなロリータタイプだった。
この段階で俺は別にどっちにも興味が沸かなかった。
顔とかスタイルで付き合う女を決めるなら、正直全く不足してないほどお声をかけてもらえる。
でも、俺はほとんどの女性にいい返事は返さない。
付き合っても何度か一緒に食事とかしてるうちに冷めてしまうという…。
まあ、多分「サイテーな男」という評判は多かれ少なかれささやかれているに違いない。

こんな俺がある日ポーッとした方の受付嬢を外で見かけた。
金髪のカツラで嬉しそうに歩いているのを見て、正直仰天した。
俺は自分がマックオタクだという認識があるから、ああいうアニメに没頭する人たちの事も支持していて、密かに羨ましかったりした。
喜びを分かち合える人がいるっていうのは、楽しさも大きくなるだろうし、俺だってマック好きな人と出会えば多分嫌でも話がヒートしてしまうだろう。
そういう事から、俺は一つのものに情熱をかけている「後藤菜恵」の方に興味が沸くようになった。
試しに誘った飲みで、彼女が思ったより面白い受け答えをするのが気に入った。
気に入ったから、当然そのまま命令口調で付き合う事になり、戸惑う菜恵にかまわずキスもした。

全く、面白いぐらい菜恵は素直だった。
見た目がいいからもっと男に慣れてるかと思ったのに、本当に経験が浅いらしく、キスする時も
「長いと呼吸ができない」
とかアホな事を言った。
「お前の鼻は何の為にくっついてんだ?」
「あ、そうか。鼻で息すれば長くキスできるね」
「……」

こんな一面もさらに俺の独占欲をくすぐった。
菜恵の心全てを俺の事でいっぱいにしてやりたかったし、それが例え俺に対する恐怖心からのものでも、俺から離れずにいてくれるならそれでいいと思った。

菜恵の全てを支配したい。

こんな悪魔が自分の中に潜んでいようとは、ちょっと自分でも意外だった。

そんな訳で、俺は菜恵に会う毎に無茶な注文をつけた。
だいたい、会った男の数をカウンターで正確に報告してくるっていうのも実は笑いたくて仕方なかったんだが、そこはこらえて、教えてもらった数だけのキスをした。
質問も1回だけなら答えてやるって言えば、本当に真剣に「1回だけ」の質問を帰る間際まで考えている。
キスをすると菜恵の目はみるみる潤んで、もっと先までを誘うような様子を見せる。
”嫌だなんて口ばっかりだな”…とか意地悪を言って、さらに深いキスをしてやるんだが、本当は俺の方が興奮してしまって、そこから先の衝動を止めるのに一苦労だった。

菜恵のキャラは絶妙に俺のポイントを抑えていた。
彼女は俺に振り回されていたと思っていたのかもしれないが、実は俺の方が菜恵に夢中になりすぎて、我を忘れていた……というのが本当のところだ。

結局、菜恵から三行半をつきつけられ、資料館に新しく入った八木という男が何だか菜恵に対してやけに親しげなのを見て、俺はプライドを捨てた。
相当情けない姿をさらした上に、着替えも無いのに雨に打たれてびしょ濡れになり、菜恵の前で裸にさせられた。
いつでも別れようと思えば別れられるさと思っていたのに、本気で嫌われかけた時の俺の動揺っぷりは滑稽なほどだった。
八木と楽しそうに会話しながら歩く菜恵を見た瞬間、体が凍りつくのが分かった。

“菜恵を本気で失うかもしれない”

こう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。

それで、結局俺は菜恵を待っている間に自分が雨に濡れていくのもどうでもよくなって、呆然とアパート前で立ち尽くした。
「聡彦!」
菜恵の声がして、躊躇無く傘を投げて駆け寄ってくる彼女の姿が見えた。
もうすっかり嫌われたと思っていたのに、菜恵は濡れた俺を抱きしめて優しく家の中に上げてくれた。

あの瞬間から、俺はもう菜恵無しでは生きられないんだと分かった。
菜恵には「愛してる」とか「好きだよ」とかいう言葉で愛をささやいた事が無い。
口にしたとたんに心が逃げる感じがする。
それほど菜恵に対する思いは言葉に変換できないものだ。
この強い思いを伝えたら、彼女に引かれてしまうんじゃないかっていうほどだ。

素直に謝ってから、俺達の関係は前より深くなった。
お互いの部屋を普通に行ったり来たり。
自分の部屋に菜恵のパジャマとかがあるのを見ると、何だか妙に照れくさかったりする。
「照れるキャラクターじゃないだろ」
と、自分で突っ込みを入れてしまう。

でも、洗面所のコップに並ぶ青と赤の歯ブラシ。
こういうのって本当に同棲してんのかなって気分になる。
半同棲ってやつか?
とにかく、菜恵を夢中にさせておくにはどうしたらいいかという事は仕事に没頭する時以外はずっと考えていて。

言葉ではどう表現していいか分からないから、出来る限り俺は行動でそれを表現する。
これを言うと菜恵は怒る。
「それって、ただのエッチな男の理屈でしょ!」
パジャマを脱がそうとすると、必ずこう言われる。
まあ、別にそう思ってもらってもかまわない。あながち嘘でもないし。
俺は菜恵にだけ特別欲情する男だから、菜恵にとっては相当いやらしいって事になる。

「間違うなよ、菜恵意外の女とはこんな事した事無いんだからな」
こんな言い訳をしてしまうほど、自分の行動が実は恥ずかしかったりする。
女性の体に触れるなんて、それほど機会は無かった。
おまけに菜恵ほど好きな女は初めてだし、キスだけでもずっと満足だった。

でも、ちょっと体に触れてみた瞬間、止まらない衝動が沸いた。

「え、何?」
「ん?分かるだろ、言わなくても」

もう半分眠りに入りかけていた菜恵には相当抵抗された。
それでも強引に彼女の体を引き寄せて怖くないっていうのを教える為にずっと背中をさすったりキスをしたりした。

お互い頭がぼんやりするほどキスをした後、初めて菜恵のふわっとした胸に触れた。
全体が真っ白な彼女の肌から伝わる刺激は、想像した以上で…。
何か触れてはいけないものに触れたような気がして一瞬手を引いた。
「聡彦…どうしたの?」
急に動きを止めた俺を見上げて、菜恵がこれ以上無いってほど魅力的な目線で見つめてくる。
「菜恵…」

自分がどれだけこの女性にはまってしまったかを実感した。
ひねくれた心がボロボロに崩れ去っていく音が聞こえるぐらい、俺の心がハンマーで叩き壊された。
菜恵が好きなのがアニメの主人公で助かった…。
現実の男だったら、ちょっと自分でもその男をどうしたか分からない。
今後、菜恵が「ハヤト」とかいうヒーロー以外の男を好きにならないように十分注意しなければ。

結局俺は菜恵の体の全てをまだ知る事が出来ていない。
本当にキスして体を寄せ合うだけで満足になっている自分が不思議だ。
可愛い、可愛い俺の天使。

絶対離さないからな。
他の男に心を流したりしたら、俺が崩壊するんだ。
だから俺は自分を守るためにも菜恵をどんな手段を使っても傍に置く。

口にはしてないけど、愛してるよ…菜恵。
心から。

この言葉が、いつか口からじゃなくて、俺の存在から感じ取ってもらえないものかな。
それを考えながら、今日も俺は菜恵の柔らかい体を抱いて眠る。


Smaile3-2 END

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