Smile!
番外編SS「如月の気持ち」
SIDE 如月
後藤さんを諦めるのに時間はどれぐらい必要だろう。
木の葉を拾い集めて全部数えたとしても、それ以上の時間が必要な気がする。
人を好きになるっていうのは、自分を得る事でもあり、失う事でもあるな…と実感した。
今回に関して得た事と言えば、俺は意外と子供が嫌いでは無いんだと分かった事ぐらいか。
あんな短時間で舘さんとの子供を俺の子にしていいなんて本気で思ったのは、ほぼ無意識だった。
今でも改めてそれを聞かれたら「いいよ」と言うと思う。
それは、多分後藤さんが半分入った子なら愛しいだろうと思う事とは別に、子供というジャンルに対して俺が相当好ましい気持ちを抱えているという証明だったような気がする。
逆に、失ったものはといえば…”人生の先に必要な魂”を、それごと失った気がするという事。
魂っていうのは後藤さんそのもので。
あの人と一緒にいると、生きてる自分をもっと生かそうという気持ちになれていた。
ハッキリ言って、俺は狸だ。
会社で見せている俺は、俺であって俺で無い。
だから、後藤さんに見せた俺の姿っていうのは…多分今までで一番近い相手にすら見せた事の無い本当の自分だった。
そこらへんは舘さんにもバレてしまったところだが、もう今の俺はまた狸の皮をかぶっている。
企画の沢村さんに関する情報を独自に仕入れ、一度俺なりにアクセスをとってみた。
22歳と聞いていたからもう少し大人なのかと思ったが…これが呆れるほど内面がお子様だったから、ある意味安心した。
「如月さんに何か言われる覚えは無いんですが」
気の強そうな眼差しで、敵意むきだしに睨んでくる。
企画にいる彼女は演技なのか…というのが分かった。
だが、まだまだ演技力が弱いし、男性に対するデータ不足だ。
こんな態度で迫ったって男は引くだけなのになあ…とか思いつつ、この子なら舘さんは絶対動かないだろうという確信が持てた。
「ああ、余計なお世話だって分かってるよ。ただ、一つだけ言わせてもらうと…男は君が思ってるほど単純じゃないからって事かな」
「どういう意味ですか」
「弱さを見せ付ければ落ちるだろうっていうのが浅いって言ってるんだ」
ここまで言っても、沢村さんは俺に対してひるむ気配は無かった。
眼中に無い男の言葉なんか耳にも入らないっていう事か。
まあいい。
せっかく外見も知能もわりと恵まれてるんだから、もう少し自分を振り返る能力が身につけばいいのに…って事は余計な一言だったからあえて言わない。
*
俺が裏でこんな行動を起こしたというのは、舘さんにさえ知られなければいい。
沢村さんはこんな事を言われたなんて、プライドにかけても彼には告げないはずだ。
後藤さんには、もう真っ直ぐ舘さんだけ見ていて欲しい。
あの雨の日…あれが俺のラストプッシュだった。
「ごめんなさい。やっぱり…聡彦の事を放っておけない。何だろう、この気持ち。さっきみたいに、自分がカッコ悪くなってでも私が離れるのを嫌がる彼を見ると、いてあげなきゃって思うんです」
涙をこぼしながら、彼女はそう言った。
俺が押す事で、逆に彼女の真意を浮き彫りにしてしまった。
「それは…やっぱり君は舘さんを愛してるって事なんだろ」
「そうでしょうか」
「カッコ悪いところがいいなんて…愛してる人間に対してじゃなきゃ沸かないだろ、そんな気持ち」
「……そうなのかな」
「そうなんだよ」
こんな会話の後、俺は即座にその場を去った。
もう俺が出る幕は無い。
こんなにアプローチして、俺に対して傾かなかった女性っていうのも初めてで、どれだけ後藤さんがあの男を愛してるのか突きつけられた気がして…相当な絶望感を味わった。
もちろん表に見えないところで後藤さんが無事に過ごせてるのか、気にはしている。
でも、俺はもう彼女に直接触れてはいけない人間だ。
これが、要するに“失った自分”って事。
こんなに大きな失恋をして…俺は、次にどんな恋愛をするんだろうか。
未来は全く読めないけど、来年後藤さんが仕事に復帰するような事があったら、「おめでとう」と笑顔で言える状態でありたいと思う。
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