草食系な君と肉食系な僕
12.召しませ
影沼氏が連れて行ってくれたレストランは、それほど大きくないけど知ってる人しか入れないような超高級フレンチ店だった。
ワインを飲むだろうからっていうので、私達はそこまでタクシーで移動した。
車中、彼は特に何か話すでもなく……それでも私の右手をずっと握っていた。
ネオンに顔を照らされて、本当に年下なのかなと思うようなクールな表情をチラチラと見ながら……私の心臓はドキドキしっぱなし。
「寒いからと思って、ファーマフラーも追加」
タクシーを降りるなり、彼はどこに隠し持っていたのか…フワフワのマフラーを首にかけてくれた。
「あ…ありがとうございます」
「いいえ」
女慣れした影沼氏。
男に全く免疫の無い私。
この状況…絶対不利だ。私はプレゼントで男性に口説かれた事も無いし、可愛いって心から言ってくれた人とも巡り会っていない。
その両方を今同時に受けて、完全に思考停止。
「まだお酒も飲んで無いのに顔が赤いけど…熱があるとかじゃないよね?」
そんな事を言って、彼は私の額に手をあてる。
「ひゃ!!」
おかしな声を出しつつ、その場で軽く飛び上がりそうになった。
アルコールが入ったら危険だと思っていたけど、飲まなかったら余計緊張してダメダメになってしまいそうだ。
こんな理由から、私は避けようと思っていたワインに手を出してしまう事になる。
※
フレンチは美味しかった。
マナーとか分からないところもあったけれど、それとなく影沼氏が先に動作をして見せてくれたから、それを真似した。
ワインは……最初にシャンパンを飲んで。それから魚料理に合うようにって、彼が先に選んであったらしい白ワインが出てきた。
「フルーティなもののほうが女性には合うと思って。甘過ぎない?」
こんな事を聞かれても、私はお酒の味をそれほど知らないから……とりあえず「美味しいです」とだけ答えた。
私がぽーっと酔いがまわってきた頃……影沼氏は少し真面目な顔で私を見た。
「渚、君が会社で言っていた事……少し分かるようになってきたよ」
「え?」
何を言い出すのかと思ったら、予想もしてないほどの謙虚な言葉だった。
「最近僕の指示を無視する社員が出てきた。力でねじ伏せるやり方への反発みたいだけど……君ならあの社員をどうするのかなって思ってね」
「……」
心配した通り、彼の強引過ぎる経営方法に内部から不満が出てきているようだ。
私がまだ会社に残っていたら、その不満サイドに立っただろう。
でも今私は、影沼氏を嫌いではない。単に仕事というエリアでは、ああいう風に行動するしか術を知らないだけだったんだろう。
生意気かと思ったけれど、私は思ったままを口にした。
「人間を動かすのは、やっぱり“思いやり”なんだと思います。古いとか、今さらって言われるかもしれないですけど……とにかく反発している人達と徹底的に“対話”して欲しいです。やり方が違っても、相手の熱意が伝われば文句も減るかもしれないですよ」
「思いやり……対話……」
彼は、手にしていたワイングラスをテーブルに置いて、少し考えるそぶりを見せた。
機嫌を損ねただろうか。
でも、私が社員だった頃に思っていた事だ。嘘は言っていない。
「ありがとう。渚…君の言葉は、不思議なほど僕の心を揺さぶるよ」
疲れた表情に少し哀しい笑顔を浮かべ……影沼氏は私のハートに火をつけた。
私は捨て猫とか、そういうのを見過ごせないタイプで。弱った人に対してだって、ムチ打つような事はできないのだ。
こういう自分の性質を知ってるはずもないのに、影沼氏の声と表情は私の中で猛烈に恋しくなるようなものだった。
「私、聞く事しか出来ないですけど…影沼さんの気持ちが少しでも楽になるなら……何でも言ってください」
多分酔いが手伝っていたんだろう。
私は初めて、影沼氏に対して好意的な事を言った。
決して「好きです」とかそういうダイレクトなものではなかったけれど、私にとっては精一杯の好意を込めた言葉だった。
この言葉がどれくらい通じたのか分からないけれど、食事を終えてお店を出たとたん……私は影沼氏に力強く抱きしめられた。
「か、影沼さん!?」
彼の腕の中でもがくけど、全く動けない。
「渚……もう我慢できないよ」
そんな囁きが聞こえたかと思った瞬間、私は再び“食べられるようなキス”を受けた。
ただ、今回は私も驚くばかりじゃなくて…彼からの愛情を少しでもキャッチしたくて、少し積極的にそれを受け取った。
「ん…影沼さん……」
冷たい外気に対して、彼の吐息は熱すぎるほどで。
何度も角度を変えて入り込んでくる情熱。
好きな人でも、体の接触は怖かった。
キスもどこか冷静な自分がいて、相手を愛しいとか感じた事はなかった。
だから、自分は恋愛の出来ない不完全な女なのかと思っていた
なのに……今の自分は、どこから出てくるのか…無意識の“女”の部分が引き出されて止まらない。
※
屋敷に戻るや、私は玄関先でコートを脱がされた。
真っ暗で、玄関にボンヤリとオレンジ色の外灯が灯っているだけだ。
「え、影沼さん……まだお部屋が暖まってないですよ」
暖房を入れてない状態のはずだった。
でも、彼はタイマーを設定していたようで……室内はホンワリと暖かかった。気配りの良さに、改めて関心してしまう。
「渚、電気はつけたほうがいい?」
真っ暗なダイニングでキスを繰り返しながら、影沼氏が耳元でそんな事を囁く。
初めて感じる「男性」というものに…私は、声を出せなくなった。
「体が冷えてるね。僕が暖めてあげるよ」
「え…あの…!」
熱で倒れた時と同じように、お姫様抱っこをされた状態で私は彼の部屋に連れて行かれた。
寝具の洗濯なんかの為に彼の部屋に入るのは毎日だけど、影沼氏が部屋にいる状態で入るのは初めてだ。
私が言葉を出せないでいる間に、彼はワンピースの背中についたチャックをスルーっと外し……むき出しになった肩から鎖骨にかけてキスを這わせた。
ジワリと……言葉にならない快感が体を走る。
「や……影沼さん、待って」
さすがに流れが早過ぎて、私は彼の行動を止めようとした。
でも、肉食獣のモードに入った様子の影沼氏は私の声など耳に入っていない。
「こんなに燃えるのは久しぶりだよ。渚……僕の心にどうやって侵入したの?」
自分が着ていたスーツを脱ぎながら、どんどん私の体を支配してゆく。
気が付いた時には下着も脱がされ……私は彼の前で、まるっきりの裸になっていた。
「ん…あ…ダメ」
胸もとに何度も優しいキスをして、影沼氏はチラリと私の反応を見る。
「初めて……なの?」
「……」
自分の年齢で経験が無いなんて、堂々と言えるほど私も女を捨てているわけじゃない。
でも、無言だった事で彼の質問に対しては『YES』と答えていたに違いない。
「心配しなくていいよ。必ず気持ちよくしてあげるから」
そう言って、影沼氏はちょっと意地悪な笑みをたたえた。
「そんな恥ずかしい事言わないで」
両手で顔を覆って、私は自分がこれからどうなってしまうのか……恐怖と期待の入り混じる不思議な感覚の中にいた。
「可愛いな……渚、君の全てが欲しい」
月明かりで浮き上がる彼の整った顔。
伏目になると案外まつげが長い。
少しずつ強くなる愛撫に身を任せ、私は……彼の前で抵抗するのを止めた。
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