草食系な君と肉食系な僕
14.欲しい
最初のお泊まり以来、悠里くんは公輝と一緒にいる事を好み、時々お兄ちゃんの家に行くようになった。
悠里くんがいない……つまり、芯さんと二人きりの夜を過ごす事が多くなったという事だ。
「悠里、学校にも行けるようになって…本当にいい方向にむかってるよ」
遅い晩ご飯を一緒に食べながら、芯さんは普通に悠里くんの事を喜んでいる。
私がこうやって真向かいに座って顔を赤くしている事に気付いてるのか……謎だ。
「好き嫌いが多い悠里の食事と違って、何でも食べてくれる人といるってのは楽だね」
少し意地悪な笑みを浮かべ、いつものように彼は私に微かな愛情を込めた毒を吐く。
私はこの毒が全身にまわってしまい……もう逃げる事のできないネズミみたいな状態だ。
「芯さんの作る料理はどれも美味しいですから」
毒に対抗するには、素直になる事だ。下手に抗うと余計ひどい目にあう。
それにしても……だ。
自分の変化に驚きっぱなしの毎日。
私が食事するのを嬉しそうに見ていてくれる彼の優しい眼差しを感じると、勝手に体が熱くなってしまう。
好きなんだ。
私はこの人を心の底から好きになったんだな。
そう思わざるを得ない。
だから、今日きた不審なファックスの事は言えなかった。
昼過ぎに入った一通のファックス。
『あなたに未来はありません』
正直、ファックスがきた段階で芯さんに連絡しそうになっていた。でも、彼が今猛烈に忙しい時期だというのを思い出して、もう少し落ち着いてから言うべきかなと判断し直したのだ。
仕事でくたくたなのに、食事を作ってくれて……私はメイドとしては最低なんだと思う。だから、彼が望んだら…彼の言う通りの女になる。
※
「渚、寝室に来て」
一度お互いの部屋に戻って、もう今夜は何もないだろうと思われた頃。
芯さんがドアの前で、つぶやいたのが聞こえた。
私を起こす気はなく、もし聞いてたら来て欲しい……という感じだった。
もちろん私はネグリジェの上にガウンを羽織って、彼の部屋を訪ねた。
「渚です。何かご用ですか?」
「起きてたのか……じゃあ、遠慮なく入っておいでよ」
ドアを開けると、ベッドの上で上半身がはだけた状態でブランデーを煽る芯さんの姿が。
暖房はもう切ってあるから、あんな格好では寒いはずだ。私は慌てて彼の傍にかけよった。
「どうしたんですか?こんなにお酒飲む人じゃなかったですよね」
彼は食前酒としてワインをグラス一杯飲む程度の人で、今まで酔いつぶれてるなんていう事は一度もなかった。
いったい何があったんだろう。
「僕は……人間じゃないんだろうな」
「え?」
うつろな目でグラスを見つめながら、彼はそうつぶやく。
「普通の人間なら、あそこまで人をサクサク切れるわけがない……」
「……」
人員整理の事だ。
リストラという行為は誰もやりたい仕事ではなく、ほぼ100%芯さんの指揮によって行われている。だから、当然恨みも買っているし…昼の奇妙なファックスも、そういう元社員からかもしれないというのも察知できた。
「リストラ以外には、とる道は無いんですか?」
私は責めるつもりはなく、芯さんがこれ以上苦しまないで仕事ができないものかと考えて言った。
「他にとる道……ねえ。……いっそ僕がいなくなれば、新しい道でも開けるのかもね」
いつになく、投げやりな言葉。
仕事に対しては常に真面目で、冷酷な処分も彼の中で『仕方ない』という理屈の中で行われてきたのだと思っていた。
「そんな事言うのやめてください」
私は彼の手からブランデーの入ったグラスを奪い取って、それを自分が全部飲み干した。
喉に焼けるような感覚が走り、それがすーっと胃まで落ちていくのが分かった。
「渚……」
「芯さんがいなくなったら、悠里くんはどうするんですか。それに……」
ガウンの裾をギュッとつかんで、私は溢れる涙をこらえる。
「それに?」
「……私の事も置いて…どこに行くっていうんですか?」
私の言葉に、彼は目線を上に向けた。
透き通った芯さんの瞳。そこに私の泣き顔が映っている。
「芯さんの事を必要としてる人間が、この家に二人はいるって……知っていてください」
「渚」
ぐいっと手首をつかまれ、あっという間に私はベッドに組み倒された。
今にもキスされそうな距離で、芯さんは動きを止める。
「僕が……必要?そう言ったね」
「はい」
「どういう意味かな」
分かっていて、意地悪をする。
これが彼なりの愛情表現なのだと、最近思うようになったけど。やっぱり口にするのは恥ずかしい。
「言ってごらん。渚は……僕の何を必要としてるの?」
何を必要と言われても、すぐ答えるのは難しかったけど。
それでも、私の中で彼は大事な存在……だから、それを言葉にした。
「存在です。芯さんが存在してくれるだけで嬉しいんです」
「そう?じゃあ他の女に僕の心が動いても…かまわない?」
どうして今日はこんなに執拗にいじめてくるんだろう。
落ち込んでいるのは分かるけれど、私の愛情を疑われているようで、悲しくなる。
「ごめん……泣かせるつもりじゃなかった」
私が答えられずに涙を溢れさせたのを見て、ようやく彼は優しい表情をしてくれた。
※
芯さんの唇が私の唇に重なる。
何度も体験しているのに、この瞬間……何とも言えない幸福感が訪れる。
軽く触れるだけのキスを数回繰り返し、徐々に相手の口内に侵入してゆく。
「んぁ…ん」
「舌を出してごらん」
言われるままそうしてみると、芯さんの舌が絶妙に私のものを絡め……うねうねと回転しはじめた。
あまりの刺激に、目の前がチカチカしてくる。
「ディープキスにも色々あるんだよ……もっと知りたい?」
「ん……知りたい」
彼からの猛烈なキスを受けてしまうと、私は私でなくなる。
いや……眠っていた本来の自分が目覚めると言った方がいいのかな。
ぞくっとするほど自分が「女」になっているのを感じるのだ。
知らない間に、私は早く彼が自分の体に触れてくれないかと思っていて……すっかり体は彼を受け入れてもいいという状態になってしまった。
「乱暴にはしたくない。今日は……酒の勢いがあるから」
そう言って芯さんは私から離れようとした。
ほぼ無意識に……私は彼の腕をつかんで、自分の方へ引き戻した。
「渚?」
「勢いでもいい。私……芯さんと1つになりたい…って思ってるの」
必ず自分から欲するようになる。
私はもう、そのまんまの姿になっていた。
|