草食系な君と肉食系な僕

2. バチバチ

 部長の送別会は無かったけれど、影沼さんの歓迎会はしようっていう事になっていた。
 私は正直、「不参加」のところにマークしたかったんだけれど。これが理由で仕事を干されたら悲惨だなとか思って……結局「参加」にマークした。
 場所は居酒屋とかそういうところじゃなくて。
 ちゃんとしたレストランで、一人5千円の参加費をとられる事になっている。

「ちょ……これ、高すぎない?」

 自分の財布に木枯らしが吹いてるっていうのに。こんな大金払うのは嫌だ。
 でも、回覧を回した次の人から言われた。
「副社長はレストラン以外では食事した事無いんだってさ」
「そうですか。どんだけ坊っちゃんなんですかね」
 私の中で、また影沼さんへの敵意が生まれる。
 お金持ちで、お勉強ができて、それで周囲からチヤホヤされてきたんだろう。他人の痛みを分かる人という雰囲気は感じられない。

 つい先日も、1つ腹の立つ事があった。
 まだ入社1年目の滝沢くんが影沼さんの冷酷な仕打ちに落ち込んでいるところに遭遇した。
「どうしたの?」
 作業室でホチキス止めをしている滝沢くんを見つけて、声をかけた。
 すると、彼はため息をついて作業していた手を止めて私を見た。
「俺、使えないですかね?」
「え?」
 どうやら、営業成績の伸び悩みの事を影沼さんに指摘されたようだ。
 確かに、滝沢くんはまだコンスタントに仕事をもらってくるほどの成績は上げていない。でも、性格が律儀で、一度信頼を勝ち取れば根強い客がつく。
 それは見ていて私はよく分かっている。
 なのに、影沼さんは、成績グラフだけを見て彼が「使えない社員」という事でピックアップしたようだ。

「来年度までにそれなりの成績出せなかったら、切らせてもらう事も考えてるって言われましたよ。……もう今日は外まわりする気にもなれなかったんで。資料を作ってるんです」

「何それ!?」

 私は今時、結構熱い人間で……理不尽な事には正面からぶつかるタイプだ。
 滝沢くんの名前を出したら彼が攻撃されると思って、私は彼の名前を出さずに影沼さんに抗議に行った。

「は?」
 私の話をほとんど真面目に聞いてなさそうだった影沼さんが、不思議そうな目で私を見た。
「ですから。頑張っている人をもう少し認めてくださいませんか。今の時期、新規をとるのは本当に大変なんです……デスクワークしている人には分からないかもしれませんが」
 突拍子もなく私が抗議に出たから、フロアにいた人が一瞬シンとした。
 影沼さんにこんな口をきく人は誰もいない。
 私はクビになるのを覚悟で抗議したのだ……誰かが言わないと、この人の下で働く人全体がダメになってしまう。そんな気がした。
 
 怒るかと思った影沼さんは、表情を変えないまま私を見ている。

「デスクワークしてる人?僕がそれだけの仕事しかしてないと思ってる?」

 少なくとも、私が見ている状態では……彼が外で顧客をとってきている様子は見えない。

「いえ……きっと見えないところで、色々大変だとは思いますけど」
「ぷ……」
 私が少ししぼんだのを見て、彼は吹き出した。
「小島さんさ、君……会社が潰れるかもしれないっていうプレッシャーをかけられた事ないでしょ?」
 馬鹿にしたような目で私を見上げている。
 でも、これにひるんではいられない。
「は……はい。それはそうですけど」
 何とか返事はしたものの、自分の声が若干うわずってしまっているのは止められない。

「頑張っているからっていうだけでお金が入ってくるならいいさ。でも、現実は違う。客がとれなかったら意味が無いんだよ。結果至上主義。これが今この小さな会社がとるべき姿なんだよ」

「……」

 ものすごい威圧感だった。
 有無を言わせない、すごいエネルギー。
この人は、言葉とオーラだけで相手を殺す事も可能なのに違いない。
 そう思ったけれど、私は言われっぱなしで負けるのもくやしかった。

「でも……社員のやる気を盛り上げる事も大切なんじゃないですか?影沼さんのやりかただと、社員が萎縮して、本来の力を100%出せない気がするんです」

 とんでもなく生意気な女だと思ったかもしれない。
 でも、私は会社継続には人間としての心は必須だと思っている。特に営業っていうのは取引するのは「物」だけど、実際それを動かすのは「人」だから。
 心をゲットしなければ、物も動かない。

「……一緒に来て」
「は?」

 影沼さんは私の腕を引っ張って、社用車の鍵を手にした。
 社員用コートを私に投げてよこし、自分はスーツ姿のまま外に出ていく。

「ちょ……影沼さん!?」
「いいから、乗れ」

 言い返すなんて無理な状態で、私は社用車の助手席に乗せられた。
 影沼さんの表情は全く変化がなくて、寒風にさらされても寒さで身を縮める事もない。
 暖房をマックスにして、車は発進した。

「……どこに行くんですか?」
「S社」
 それを聞いて、私は驚いた。
 S社は、まだ取引の無い大口の会社だ。営業部全体が作戦を練っていて、簡単に口説き落とせないだろうという事で、慎重を進めているのだ。
「まさか、影沼さん一人で落とすつもりですか?」
「あんたがいたところで、大した役に立たないだろうからね」
「……」
 車の中で、影沼さんはS社の営業部長に面会のお願いをしていた。
 唐突なお願いだから、あまり強引な事はできないはずだ。なのに……ものすごい巧みな話術で、面会に持ち込んでいた。

 そこからは、私は影沼さんの表の顔を知る事になった。
 ソフトで紳士な笑顔。
 丁寧な物腰と、相手に安心感を与える為のフォロー。最高のデモンストレーションでも見ている感じだった。

「……では、早速納品は来週にでもさせていただきます」
「いや、こちらこそ。是非よろしくお願いします」

 S社の営業担当者は、もう影沼さんを信頼しきった顔をしている。
 私は本当に何もしないで、隣に座っていただけだ。
 時々「資料出してくれる?」なんて言われて、それに応えただけだ。

 見直していたのは事実で、彼がデスクワークだけの人間じゃないのは理解した。
 でも、そんな気持ちも帰りの車で吹き飛んだ。

「分かった?」
「え?」
「使えない人間は切る。これが僕のやり方だ……力のある人間だけが残れる。間違ってない事を今証明したつもりなんだけど」

 カチンときた。
 自分に力量がある事と、部下を育てる事は違う。
 使えるとか使えないとか、人間を物みたいに扱う感覚にも嫌な気分がした。

「そんなやり方……そんなやり方してたら、誰もついていかなくなりますよ」

 私の言葉に、さすがの影沼さんもちょっと驚いた顔を見せた。
 そして、それには何も答えないまま会社まで無言だった。

 車が車庫に入るまで、ずっと無言。
 重かった。
 
 これが先日あったてんまつで……影沼さんの中で私は最低な女になっているに違いない。
 私の中でだって、彼は最低な男だ。
 いくら仕事ができたって、心のない人は好きになれない。
 
 なのに……歓迎会に出たせいで、とんでもない展開が待っているとは、予測できなかった。


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