草食系な君と肉食系な僕

20.愛しちゃった?

 強引に抱かれたからといって、私は芯さんを嫌いになる事はなくて、よけい…何か力になってあげたい気持ちが強くなっている。
 過去の女性関係は全て流して、「今」の彼を見る決心をした。そうしなければ、大事な何かを失ってしまう恐怖に駆られてしまうからだ。

 そして“その日”……私は何故か、嫌な予感がした。
 決して軽いものじゃなく、何かとても大きな黒いものを感じたのだ。
 その予感が強かったから、朝…いつも通り出勤しようとした芯さんの事を後ろから抱きしめてしまった。
「渚?」
 無口になって、表情も薄くなった芯さんが驚いて私の方を振り返る。
「ダメ…今日は会社に行かないでください」
 無茶な話しだ。1分も惜しい気持ちで働いている彼に仕事を休めなんて……できるはずもない事だって分かっていた。でも、この変な予感を止めるには、彼を引き止めるしか方法が分からない。
「何言ってるんだよ。どうかしたのか?」
「ううん。私、昔からこういう嫌な勘は当たるの。芯さんを外に出しちゃダメだって……そんな予感がする」

 この予感には根拠が無いわけでもなかった。

 毎日くる正体不明のファックスが止まらないのだ。芯さんには直接それを相談してなかったから、不安は私一人の中で膨らんでいた。
 内溶からして、これは恐らく…芯さんに向けた脅しで。ほとんど『殺人予告』と言っても良さそうなレベルのものになっている。
「……今日休んだら、その嫌な勘とやらは消えてくれるのか?」
 思ったよりも優しいトーンで、彼はそう言って抱きしめている私の頭を軽く撫でた。
「分かりません。でも、とにかく…今日は駄目です」
 当然「ふざけるな」とか「意味不明…行ってくる」とか言ってあっさり出て行ってしまうのを覚悟していたんだけど。彼は強引に私の腕を外す様子もなかった。
 それどころか、くるりと向きを変え、正面から私を抱きしめてきた。
「お前……これ、何か作戦なのか?」
「え?」
「渚が肉食の僕に“食べてください”って身を捧げにきた羊みたいに見える」
 私の心配をよそに、彼は一人でクスクスと笑っている。
 もう……この人は、いつでも私を頭の中で裸にして遊んでいるに違いない。そんなだから男なんて嫌いだったのに、芯さんの前ではいつでも奉仕してしまいそうな自分が怖い。

 この際、身を捧げにきた羊になったって構わない。
 今は芯さんが家に留まるようにする事で必死だ。

「分かったよ。今日は別に出勤しなくてもいい仕事しか無いし……たまには有給使いたいっていうのもあったから」
「本当ですか!?」
 私の喜ぶ姿を見て、芯さんの顔にあの殺人スマイルが出た。
「そんなに喜んでもらえると、こっちも休みがいがあるな」
 そう言って、芯さんはスーツを着替える為、自室に戻っていった。

 良かった。とりあえず今日の『嫌な予感』は回避できそうだ。

 あの強烈に彼からの性を送られた日からしばらく経過していた。
 何となくきまずくて、私達は何となく言葉を自然に交わせなくなっていて……こんなきっかけで、以前のようなムードが取り戻せたのが少し嬉しかった。



 リビングでパソコンを開いて、携帯に社員からの連絡が入らないか気にしつつ、芯さんはソファの上で寝そべっていた。
 その様子を見ていて、いつもよりリラックスした彼をもっと癒しげあげたい気分になった。
 暖かい紅茶とクッキーを用意して、テーブルに置く。ミルクが入ってた方が胃に優しいと思って、アッサムでミルクティーにした。

「いつもガチガチに働いてるんですから、たまには緊張を抜いてください」
 そう言った私をチラリと見上げ、芯さんは意地悪な笑みを見せた。
「そう言うんなら、渚……僕の体をリラックスさせてくれよ」
「は?」
「マッサージでも何でもいいんだけど……体の癒しが欲しいな」
「……」
 昼から何を言ってるの!?
 言われた通りマッサージをする程度で済むなら、もちろん肩をもんだりするのは構わないですけど……芯さんがその程度の接触で満足するとは思えない。
 私が困惑するのを分かっていて、彼はわざとこんな意地悪な事を言っているのも伝わってくる。

「じゃあ…肩くらいなら」

 何もしないわけにもいかず、私はそろっと芯さんの肩に触れた。
 暖かくて、じんわりと体に愛しさが伝わる。彼を批難できない…私も、彼を求めているみたいだ。どうしたんだろう、こんなに自分の体が男性を求めるようになるなんて、想像もつかなかったのに。
 調教されてしまってるのかな。
 芯さんの強い抱擁は、私の心も体も溶かし…崩すパワーがある。強引なのに、その快感の大きさ故に……抵抗しようという気持ちにならない。

「渚…お前の力じゃあ、全くマッサージされてる気がしない」

 ムクリと体を起こして、彼は逆に私をソファに座らせ……大きな手で肩をゆっくり揉みほぐしてくれた。痛くない程度の、ほどよい刺激。私は思わずうっとりと目をつむった。
「どっちが主人なのか分からないじゃないか」
「そうですね……」
「僕が主人なんだって事……分からせてあげるよ」
「え?」
 今まで肩だけに触れていた手がするっと首元から胸の方に降りるのが分かった。
「やだ!芯さん、何……」
 驚いて声を出そうとしたところを、すかさずキスされる。
 舌を絡めて口内を全て侵略するかの如く激しいキス。このキスで、脳の40%ぐらいはボーっとなってしまう。

「服……自分で脱いでごらん」

 嬉しそうに目を細めながら、芯さんは私に目の前で裸になれと要求してきた。
 さすが芯さん……。私が抵抗を見せながらも、きっとそれを実行するだろうというのを読んで言っているのが分かる。
 恥ずかしかったけれど、私は彼の目の前で着ていたものを1枚ずつ脱いだ。
 エプロンを外し、カーディガンを脱ぎ……ブラウスのボタンを外す。
「待って…このままの姿でキスさせて」
 下着がチラっと見える状態で、彼は私の動きを止めた。
 そして、柔らかい唇で私の胸元にキスをしてくる。少し冷えた彼の唇が、私の温もった肌に触れ……思わず声が出てしまった。
「この程度のキスで感じるなんて……いやらしくなったな」
「ひどい」
 涙目になるほど恥ずかしい事を言われても、何だか余計感じてしまう。
 芯さんは下着の上から幾度もキスをし、手からの愛撫を交えながら私の正常な思考回路をどんどん破壊していった。
 
 駄目……ショーツが濡れてしまった事も、もうすぐばれてしまう。
 早く芯さんが強く押し入ってくれないかなって……そんな事を考えてしまう。

「渚、欲しい?」

 呼吸が上がって、お互いを欲しているのが目を合わせるだけで分かった。
 私は無言のままコクリと頷く。

 欲しい……芯さんの熱いものが。彼の思いの全てをぶつけてくるような、あの激しい感覚に、また落ちたい……。
 私は完全に芯さんのものになってしまった。
 男性に免疫がなかった私の『女』を、ここまで目覚めさせるのは…やっぱり彼の才能なんだろう。ただ、私が彼の腕に落ちたのは、私を一人の人間として…きちんと人格を認めてくれている事が分かったからだ。

「芯さん。早く…きて…お願い」
 普段の私なら絶対口にできない言葉が、さらっと出てしまう。
「まだだよ。渚の一番感じるところをもっと濡らしてあげないと…って、十分か?」
「やだやだ!見ないで」
 シャワーを浴びる隙を与えてくれないから、私はもうその場でショーツも外されてしまった。
 カーテンを閉めているからといって、こんな格好をまともに日の下で見られるのは…とんでもなく恥ずかしい。
「恥ずかしい事なんて何もないさ。渚…今朝、僕を引き止めてくれた時…あのまま押し倒しそうになったよ」
「芯…さん」
「渚に嫌われてなくて、良かった。しかも、こんなに感じてくれるなんてね……徹底的にいじめてあげる。それを渚は望んでるんだろ?」
 そんな事ない……って、強く言えなかった。
 芯さんに触れられるだけで、体が反応する。強弱をつけた刺激に、頭は真っ白にさせられる。
 抵抗できない。
 もう、首を咬まれたガゼルのように……私はソファの上でぐったりした。

 肉食の芯さん…まだまだ私を解放してくれる気配は無い。
 でも、いつまでも彼と一緒になっていられるなら…こうやって束縛していて欲しい。変な感じだけど、これってやっぱり…彼を愛してしまった証拠なのかな?

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