草食系な君と肉食系な僕
10話 悪魔に売った魂
「僕の傍から離れないでくれるか……?」
悲痛にも聞こえる芯さんの声。
私に力になれる事があるのだとしたら、この人の暗い未来を少しでも明るくしてあげること……。
「大丈夫ですよ。私はいつだって芯さんの傍にいます。例え物理的に距離があったとしても……ずっと繋がってますから」
私の言葉に芯さんはゆっくりと頷くように瞼を一回閉じた。
「薄れた記憶の中でも、渚だけは日に日にクリアになっていくんだ……お前はどれだけ僕の心に強く刻まれていたんだろうって思ってるよ」
「……」
「信じられるか……僕を。会えない時間が長くなっても、忘れないでくれるか?」
迷子になりそうな子どものように、彼の瞳の奥にはわずかながらの恐怖が潜んでいるのが分かった。
私はこの人の力になりたい……それを強く感じた。
「ええ。芯さんが私を忘れないでいてくれたように、私もあなたをずっと忘れない」
目に見えない絆を信じる。
これがどれだけ難しい事か……私も分からないではない。
でも、今の芯さんが少しでも元気になってくれるなら。私は約束できない未来の約束すらしてしまおうと思っていて……それが悪魔との契約になったとしても。
自分の命と引き換えに、芯さんへの愛を貫こうと思った。
「いつまでも離れてるわけじゃない僕だってあのモンスターみたいな男からの支配を逃れたいと思ってるんだ……ただ、その為にはもう少し時間が必要だ」
「焦らないで。焦って本当の希望が消えてしまったら、今度こそ私たちの関係は終わってしまう」
さっきまで感じられていた殺気立ったオーラと絶望に喘ぐ彼の表情がすっと薄まった。
私の胸に顔を埋め……まるで子供のように目を閉じて何かを感じ取っているようだ。
「懐かしい感じがする……渚の懐にいると、昔……こんな安心をどこかで感じたような」
「きっと、芯さんを心から愛する人がこうしてあなたを抱きしめたんでしょう」
「愛されていた……?僕が?」
生まれてこのかた、誰にも愛されずに育ったと思い込んでいる芯さん。
でも、全く愛情のない環境で育ったなら……私の気持ちを察知するアンテナなど持たないはずだ。それに、この人は非道だと自分を嘲笑いつつ……自分自身を傷つけている。
綾さんも同じで。
二人とも、幼少の頃……まだ意識がきちんと芽生える前に誰かにしっかり抱かれて育ったはず。そう思えば、私からの思いもきっと通じると信じられる。
「3か月後……心も通わない女との結婚が予定されている」
「……そうですか」
「未来は分からない。きっと支配から抜けてやるとは思っているが……僕の命が先に落ちてしまったらそこで終わりだ」
再びベッドサイドに座り込み、彼は俯いた。
「芯さんのいない世界なんて考えられない。私、ずっと待ってます……世間に何と言われてもいい。あなたを愛し続けたい」
「渚……」
我慢できないように彼は私の腕をぐっと掴み、そのままベッドに押し倒した。
ギシリとスプリングの弾む音がして、そのまま彼は私の上に覆いかぶさってきた。
「ん……」
優しく落とされるキス。
唇が触れたと同時に感じる甘い刺激。
私はこれから芯さんの愛人となる。日陰の人生だ……家族の皆を困らせて悲しませるかもしれない。でも、私は芯さんと悠里くんの心の安定を得られるなら……悪魔にでも何でもなる。
「渚、僕はお前と一緒に地獄に落ちていくのかな」
「そうですね……芯さんとなら地獄に落ちてもいいと思うわ」
そう言うと、彼はさらに強いキスをしてきて、口と口が抱擁するかのように激しい交わりになった。
芯さんの愛撫は激しいけれど、敏感なところは丁寧に扱ってくれるからいつもの自分じゃないほど乱れてしまう。彼にしか感じないこの感覚……調教されちゃってるんだろうか。
肉食動物からの調教。
じゃあ、私もそろそろ肉食の部類に入るのかな。
「私、芯さんの体専用にできてるみたい。あなたにしかセクシーさを感じない」
「……それが本当なら嬉しいね」
繰り返し続けられる丁寧な愛撫で、私の秘部はトロトロになり……腰のあたりから刺激を求めてむずむずした感覚が襲ってくる。
「指だけじゃものたりない……って顔してるな」
「意地悪言わないでください」
「欲しいんだろう?言ってみてよ」
「……芯さんが欲しい。早くして」
私が彼にねだるくらいになった事に自分でも驚く。でも、愛しい人の体に触れるというのは麻薬に似た刺激があって……この時ばっかりは理性が飛んでしまう。
こんなにも恋に溺れる自分なんて想像もしていなかった。
男性は苦手だった……勝手な生き物だから。でも、そんな勝手ささえも愛しいと思える存在がいるとは……。
人間、正しい生き方をしていれば楽だろう。
道を外して生きるというのは……自分の中で揺るぎない何かが出来た時だ。世間から非難の目を浴びてもその大切な存在を守れるなら耐えられる。
そうやって生きなければ、自分に嘘をついた人生になってしまう。
死後、地獄というところがあるなら……私は喜んでそこへ落ちようと思う。上辺だけ綺麗な生き方で飾っても、私の人生には意味は無いと思っている。
不自由のない人生。
不自由のない生活。
それが幸せと直結するだろうか?
違う……私の価値観は普通のそれと違うみたいだ。
多分、少し気性が激しいんだろう。
私の心の中でハッキリしているのはただ一つ。
自分を愛する為に、私は芯さんを愛しぬく。
ただそれだけだ……。
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