草食系な君と肉食系な僕

2−3 思い出す味

 綾さんの性格は芯さんとは少し違う事が分かった。
 芯さんは比較的本心を外に出して横柄に振舞う癖があった。でも、綾さんは周囲に内面の激しいものを見せない術を知っている。だから、会社でも人員整理によって恨みを買う事が少ないみたいだ。
「僕は仕事に埋没するのは嫌いなんだ。芯みたいに真面目に会社の事ばっかり考えるのは人生の無駄だろ」
 帰宅するなり、芯さんがいないのを知って綾さんはこんな事を言った。
 女性からプレゼントされたという品物を玄関に投げ出して、ふうと溜め息をつく。
「僕の心を掴むのに、クッキーやらハンカチなんかを贈られてもねえ……」
 その品々は、綺麗にラッピングされていて、これを送った人がとても心を込めたのが分かった。
「綾さんはそのプレゼントをどうなさるんですか?」
 あまりにぞんざいな扱いをしているから、多少腹立たしくなってそう聞いてみた。すると、彼はあっけないほどにそのプレゼントの1つを私に渡した。
「要る?欲しい人の手に渡ったほうがいいだろうから」
 これを聞いて、私の頭はカッとなった。プレゼントを投げつけるのは可愛そうだから、その代わり思いっきり綾さんを睨んでやった。
「あなたには心って無いんですか?こんな扱いをするなら、もらう前にお断りすべきだったんじゃないですか?」
 私の剣幕を見て、綾さんは少しビックリした顔をしている。
「正直、芯さんにも振り回されましたけど……あの人の方が優しい心をちゃんと持ってる。人の痛みをちゃんと分かってる」
 言葉にしながら、私は涙が出てきた。
 芯さんを最初は冷血漢だと決め付けて、嫌っていた。でも、あの人は心では血を流しながら…自分を痛めつけながら冷たい人間を演技している事が分かって、少しずつ好きになった。
「本当に芯がそんな優しい人間だと思ってるの?」
 綾さんの顔はかなり真面目になっていて、私の目の前にズイッと進み出てきた。
「で、僕はあいつよりひどい人間だって言いたいの?ふ……何を見て、そう決め付けるのかな。何ていうか……渚は単純過ぎる」
「単純?」
 まるで赤子でも見るように優しい瞳をして、綾さんは言葉を続ける。
「優しいとか冷たいとか。そんなに白黒分けられるほど人間は単純じゃないんだよ。実際、芯だって放火されるほど他人から恨みを買ってる。あっちにしてみれば、芯は鬼みたいに見えたんだろう。で、会社の女の子からプレゼントをもらう僕。つっ返されるほうが相手はつらかったんじゃないかって……そういう事は考えない?」
「……」
 言葉の操り方はえらく長けている人だ。
 確かに私の考えは単純でシンプル。見えるもの、聞こえるもの、そういうものを直感で信じてしまうタイプだ。
 でも、綾さんに言わせると、それは「浅い人間」の証拠だという。
 芯さんに食ってかかった時とは全然違う反応だから、私も戸惑った。
「でも、まあ。渚のそういうストレートなところ、僕も嫌いじゃない。なんていうかな……計算の働かないところなんか、すごく可愛いよ。芯が惚れたのもそういうところなんだなって今分かってきた」
 そう言って、綾さんは私をギュッと抱きしめた。
 言葉は私を馬鹿にしてるのかなっていうものだったけれど、何故か彼は私の頬に幾度か優しいキスまでしてくる。
「渚を腕に抱くと、何だかホッコリするね」
 クスッと笑い、綾さんは最後にチュッと軽く唇へのキスをした。
 もう私は真っ赤になってその場に固まっているしかない。恋愛経験ほぼゼロだった私が、影沼家の猛獣二人に好かれてしまったとなると、これからどういう態度をとっていいのか分からない。



 夜、芯さんが戻って来て、何やらゴソゴソと自分のカバンをまさぐっている。
「渚……誕生日おめでとう」
 そう言って、彼は手にしていた小さな小箱をくれた。
「え?」
「多分、記憶を無くす前に買ったんだと思う。君の為に僕が選んだんだ」
 その場でラッピングを解いて箱を開けてみると、綺麗な水晶のブレスレットが入っていた。
「ありがとう…ございます」
 記憶がなくても、私に対する好意はあるようで、私がプレゼントに涙しているのを見て、彼は優しく微笑んだ。
「後からでいいんだけど。僕の部屋に来てくれる?」
 それだけ言い残し、彼は自室に消えていった。
 芯さんは、食欲が無いという理由で夕飯をほとんど食べてくれなくなった。前より明らかに痩せてしまったし、仕事に出る時の目は狩に出かける獣のような雰囲気だ。
 本来気性が荒い人だから、綾さんに色々リードされているのがたまらなく嫌みたいだ。
 私の心は芯さんのところにある。凍結されたように動かないと思っていた私達の関係だけれど、ブレスレットを身につけてみて、改めて芯さんはまだ私から離れていないという事を確認した。

 言われた通り、一通りの家事を済ませ、彼の部屋を訪ねた。
 掃除する為にここへ入る事も許されていなくて、芯さんと二人きりになるのは久しぶりだった。
「ゆっくりしていいよ。少しお酒でもどう?」
 ソファに促され、私が飲める程度に薄められたウィスキーが入ったグラスを手に持たされた。
 正直、ちょっと緊張していたから、お酒をもらえてよかった。ウィスキーは得意じゃないけれど、今はアルコールなら何でもいい……という感じだ。
 彼はロックで飲んでいる。
 ウィスキーは体を冷やすから、ブランデーの方がいいんじゃないかなって思ったけれど、そんな事をここで言う感じではない。
「お仕事はどうですか?」
 毎日憔悴しきった様子の芯さんを見ていられなくて、私はずっと聞きたかった事を口にした。
「仕事……。ああ、仕事は綾がうまく回してるから問題ないよ。ただ、自分が進めていた新しいプロジェクトは綾に出来ない事だから。それを中心にやってる」
「そうですか」
 そうなのだ。芯さんは副社長という椅子に座ってはいたものの、実際に進める仕事の指揮もとっていて、一人の人間がこなすにはひどすぎる仕事の量だった。
 それが多少綾さんが背負ってくれる事で楽になったのならいいけれど、どうやら現状はそういいものでも無いらしかった。
「綾が渚にちょっかい出してるみたいだけど……」
 仕事の話しはすぐに切り上げ、いきなり話題が綾さんの事になった。
「ちょっかいだなんて。ちょっと一緒に食事したくらいですよ」
 それを言うと、突然芯さんの表情が変わった。
「食事?あいつの車に乗ったの?」
「あ……はい。誕生日だからランチをご馳走してくれるって……」
 私は彼とは何もないと言いたかったのだけれど、芯さんは私が綾さんに心を許しているように見えたみたいだ。乱暴にグラスを取り上げられ、ソファに強い力で押し倒された。
「渚の事を細かく思い出せと言われたら無理だけれど、君に猛烈な欲望が湧くのは止められないんだ。綾が僕から渚を奪おうとしているなら……自分で君の味を思い出すしかないな」
 耳元で囁かれる、怒りに満ちた芯さんの声。
 思わず体が震えるほど恐かったけれど、彼に力強く抱きしめられるのは嫌じゃなかった。
「話すだけで、少しずつまた元に戻れればと思っていたけれど……どうも僕はそういう気の長い事をやってる性分じゃないみたいだ」
 そう言って彼は私の唇を奪い、その深いキスに私の頭もボンヤリした。
「渚…思い出させてくれ。君の体に、それを聞いてもいいかい?」
「ん。芯さんが私を思い出してくれるなら」
 首筋へのキス。
 不自然なく脱がされる衣類。
 本来なら、もう少し抵抗しそうなものだったけれど、私は自分も彼の体を求めているのだとは気付けなかった。
 体に刻まれた思い出。
 あなたが私を思い出してくれるなら、この体を何度でも捧げるわ。

 だから、あの激しい愛を私にもう一度注いで……。

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