草食系な君と肉食系な僕
4話 愛って……?
「ふ……っ……んっ」
食むようなキスを交わした後、私は呼吸を乱したまま壁際にある照明のスイッチを入れた。
すると、ぼんやりとしたオレンジ色の灯りの中で懐かしい芯さんの顔が浮かび上がった。その表情からは微かな動揺と、諦めが見て取れる。
「……相変わらず無茶だね、渚」
私から体を離した彼は、ふっと息を吐いてベッドの端に座り直した。
私も久しぶりに感じた芯さんの激しいキスに動揺を隠せないまま、ベッドの上に正座する。
「どうしてこんな……姿を隠したりするんです」
(最初から何か事情があるのだったら、言ってもらえれば受け入れたのに)
「渚は人を騙せるタイプじゃないから。でもまあ……綾はうまく騙せたみたいだから上々か」
「え……」
芯さんは、綾さんがここへ来たのはもう知っているようだ。私の性格を考えて、あえてここに顔を出したことは私に知られないようにしていたらしい。
「綾は信用しない方がいい、あいつは僕が失落するなら何だってやる。渚にカマをかけて手越の正体が僕だと知ったら、そのまま父に報告するつもりだったはずだ」
優しげに私を心配して来てくれたみたいなのに、綾さんは私の夫を探りに来た?一体誰を信じたらいいのか、頭が混乱してくる。
「手越昴は実在しない。渚は架空の男と添い遂げる」
「架空……私はそんな空気みたいな存在と一生いる設定なんですか?」
「命が繋がっただけ感謝して欲しいね」
私の命がどうしてこんな理不尽な形で弄ばれなきゃいけないのか、悔しいやら悲しいやら……。私を守るためにやってくれているんだろうけれど、こんな悲しい立場でいたって嬉しいはずがない。
「芯さんはそれでいいの……16歳の若い子と結婚して満足?」
それを聞いて、一瞬驚いたように私を見たけれど、すぐに無表情に戻ってため息をついた。
「形だけだしね。相手も子どもで特に結婚した実感はないよ」
「でも……」
(その子に後継者を産ませるための結婚なんでしょ)
口元まで出かかったけれど言えない言葉。まるで拗ねた子どもみたいで、どう表現したらいいかわからない。
芯さんは私の髪をくしゃっと撫でて意地悪く笑った。
「妬いてるの、渚」
「や、妬いてなんか……っ」
(もう、もう、勝手な人だ。全部わかってて言うんだから。知らないよ、こんな人!)
泣きそうになるのをこらえて押し黙ると、私の肩がとんと押され、そのまま体がベッドに沈む。
「何を……」
「正体がばれたなら仕方ない。今まで会えなかった分抱いてあげるよ」
芯さんは私を見下ろしながらネクタイを緩め、自分の着ているシャツのボタンを数個外した。
「僕が欲しかったんだろ」
威圧的な声、燃えるような熱い瞳。この人の持つ野獣性は何も変わっていないみたいだ。
まだ納得する説明をもらえていないのに私の体はこの目に見つめられるだけで勝手に熱を帯びる。
(芯さんは、一体どういうつもりで……)
「余計なことを考えなくていい。今は俺だけ感じろ」
「芯さ……んっ」
手首を頭の上で押さえ込まれ、強引なキスを落とされた。唇がピリッと痛むほどのキスが繰り返される中、膝で閉じた足を広げられていく。
抵抗したいのに体は驚くほど敏感に反応してしまい、思わず声が漏れた。
「ん……ふぅ」
「いい声だ。そのまましっかり意識を保って感じるんだ」
広げられた胸元にキスが這い、敏感になった先端を舌先で転がされる。じわっと広がる快感に思わず体が弾けた。
芯さんは嬉しそうに目を細めると、動けない私を自由に攻め続ける。
「や……あっ、あぁっ」
「もう濡れて大変だな。欲しいなら口で言ってもらわないと」
膝で刺激されていたせいで、もうショーツがぐっしょりになっている。
私は恥ずかしさと正直すぎる欲求の間で葛藤した。
(芯さんの心が時々わからない……求めれば抱いてくれるけど。そこに愛はあるのかな)
「渚、言ってごらん……何が欲しい?」
迫る整った顔に、どうしようもない愛おしさがこみ上げる。
(私だけを見て、芯さん)
「あなたの愛が……欲しいです」
「何?」
「芯さん……私を愛して。お願い」
心から求めていることを口にすると、彼は一瞬困惑したように視線を止める。
そしてすぐにふっと口の端を上げると、熱く硬くなったそれを私の中心に押し当てて聞いた。
「愛……渚は何を愛だと思うんだい?」
「それは」
「優しさ?耳障りのいい言葉?それとも、こうしてどうしようもなく体を重ねたくなる欲求?」
「……わかりません」
求め合うのは真の愛に近い気がするけれど、それを表現する彼の行動はあまりに強引で強烈で……私はやはり困惑させられる。
(でもこれが彼なりの愛情表現なのかもしれない)
改めて影沼芯という男性を愛してしまった難しさを感じながら、私は今の感情だけに素直になることにした。
「難しいことはわからないけど。私は……間違いなくあなたが好きです」
「……っ」
芯さんは一瞬苦痛の表情を浮かべると、一気に私の中心を奥深くまで貫いた。
その激しさに、呼吸が止まりそうになる。
「っ、いきなりそんな……」
「これが俺の答えだ、渚」
「あっ、あぁ……っ」
激しく何度も突き上げられるうち、彼の首筋からは汗が流れ落ちる。
芯さんの熱、鼓動、吐息……言葉以上のものが私の体に刻みこまれていった。
痛みというのは忘れた。
もうそこには彼を受け入れたい自分の本能だけが残っている。
「あっ、んっ……ふ……ぁっ」
波のように押し寄せる快感が私の意識を真っ白にしていく。
耳元で何か囁かれているのに、それすら聞こえないくらい鼓動が激しく鳴っている。
「……ればいい」
「え……」
(何……?)
「渚は……僕だけを見て、信じていればいい」
「芯さん……」
(信じてる、あなたを……信じてるから)
愛おしいという気持ちが最高潮に達した時、芯さんの眉が切なげに寄せられた。
「渚……っ」
勢いよく腰を打ち付けた後、芯さんの全てが私の中に解放された。それを受け止めながら私は思いきり彼の肩にしがみつく。
(やっぱり好きだ……この人がいないと、私が私でなくなるほどに)
「愛してる……芯さん」
「渚……俺の……渚」
しっとり汗ばんだ額にキスを落とす芯さんの仕草は優しくて、私はこの最後のキスに一番の愛を感じていた。
(側にいて。離れないで……ずっと一緒にいて)
もっと抱き合っていたかったのに、私の意識はあっけなくそこで切れてしまった。
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