草食系な君と肉食系な僕
6話 帰ってきた悪魔?
新しく作ったという会社で働かせてもらうようになって一ヶ月。
私は日々、不安と戦っている。
(秘書って、嘘ばっかり……私はただの雑用じゃない)
実質の秘書はあの国木田さんで、いつも芯さんと一緒に行動をしている。
そして私は第二秘書という名目の雑用係。
もちろん彼と一緒に暮らしているなんて外に知られちゃいけないから、他人行儀に過ごさないといけないし、マンションと会社の往復は国木田さんが車で送迎してくれている。
島で暮らしていた頃と何も変わらない。
いや、むしろ芯さんがいるのにいないような、もっと悲しい状態だ。
「小島さん、この書類夕方までに打ち込んでおいて」
たまに顔を見せたと思うと、書類をばさりと置いて去っていく。
呼び止めても冷たい視線しかくれない。
(やっぱりあの人の考えていることはわからない)
書類を見つめながら、ため息が出てしまう。
それくらいなら会社を辞めればいいと思われるだろうけれど、マンションに戻った芯さんが優しいかというとそうではない。
むしろ、それを期待してしまうと辛いから、あえて会社に来るようにしていると言ってもいい。
(私が心配だから一緒に暮らしてるんじゃないの?結婚したのは何のため?)
疑問は次々に出てくるけれど、芯さんはどの質問にも答えない。
むしろ結婚したら言わなくても全部通じ合うのが夫婦だろうといった態度なのだ。
(私たちはまだそんなに分かり合えてるとは言えない。愛し合ってはいるけど、心の中を読めるほどじゃない)
そう思うから、私はしつこく芯さんに会話を求める。
でも彼からの答えはいつも同じだ。
「言わなくても分かるだろ」
そう答えると、また別の作業に戻ってしまう。
こんな夫婦生活、望んでたものとは違う。
もちろん忙しい彼を支えようとは思っているけど、会社でも他人のふりで家に戻っても会話できないなんて寂しすぎる。
本当に、愛って何なんだろう。
結婚はゴールじゃないって聞いたことがあるけど、本当にそうだ。
私は結婚をしたと言われてからの方が寂しいし、幸せと思えない。
側にいても何もできないなんて、こんなの家庭内別居同然だ。
「私って芯さんの何なのかな」
ぽつりと呟くと、途端に寂しさが戻ってくる。涙したって今の芯さんには冷たく笑われるだけだろう。
私は一人でベッドに入りながら、いつまでこの状態を耐えなければいけないんだろうと考えながら眠りについた。
次の日、私を会社まで送ってくれながら国木田さんが小さな声で言った。
「昨日の夜は眠れてないのですか」
「あ、いえ……」
目の下が赤くなっていて、泣いていたのがバレてしまったのかもしれない。
「旦那様を信じてあげていただきたい」
国木田さんは戸惑いながらも私を励まそうとしてくれているのがわかる。
それでも今の芯さんがどういう理由であんな態度なのか知らないと、どうにもならない。
「旦那様は……渚様を愛してらっしゃいますよ。それだけは確かなことなので、どうか涙せずに気丈に振舞っていてください。その方が旦那様も救われるはずです」
「……そうですね」
(芯さんは私が気丈に振る舞う姿を好むものね。泣いているのを見ると、戸惑っていたこともあるし。このままじゃいけない)
国木田さんのおかげで、私は少し自分の心を取り戻した。
今大事なのは芯さんにどう扱われるかじゃない。自分がどう彼と関係を築きたいかだ。
「私、もう少し頑張ってみます」
「はい、私はお二人の味方ですので。辛かったら吐き出してくださいね」
「ありがとう……国木田さん」
丁寧にお礼を言うと、私は気持ちを切り替えて会社での芯さんに期待するのは止めた。
そしてマンションに戻ってからもなるべく以前の自分を崩さないように心がけた。
すると、芯さんの方が少し驚いたように声をかけてきた。
「どうしたんだ、渚」
「何がですか」
鼻歌を歌いながらキッチンに立つ私を、怪訝な顔で見ている。
「突然機嫌がいいから何かあったのかと思って」
「んー…別に何もないですよ。ただ、芯さんのそのポーカーフェイス、そろそろ剥がしてほしいなあって思ってるだけです」
さらっと言ってみたら、案外楽になった。
これでまた不機嫌になられても別に構わない。
この人の感情の激しさは、外からどうにかできるものじゃないのだから。
「…………」
芯さんは少し黙っていたけど、私の側まで来流と突然後ろから抱きしめた。
「え……っ」
「セックスレスだと、離婚理由にされるからな。今夜くらいはするか」
「なんですかその理由」
ちょっとムッとしてしまったけれど、芯さんの声がとても切羽詰まったものだったからすぐにこれは嘘の理由だと悟る。
(やだな、こういうのって不安になる。突然私を求める時って、いつも何かよくないことが起こる前なんだもの)
「今日は……やめておきましょう」
「どうして」
「何となく……」
この理由が気に入らなかったのか、芯さんは乱暴に私の顔を自分の方へ向けると深く唇を塞いだ。
「ん……っ」
下唇を噛まれてピリッとした痛みが走る。
離れようとしてもすごい力で抱きしめられて、身動きができない。
(芯さん……一体どうしたの)
「覚えておくんだ、僕はこういう男だったってね。渚を泣かせ、不安にさせ、幸せになどできない男なんだって」
唇を離した芯さんは、本心を隠すように極めて冷静にそう告げた。
何か言おうと口を開くのだけど、もう言葉が出ない。
(やだ……本当にどういうことなの?)
この夜、体を重ねなかったことを私は次の日に猛烈に後悔することになる。
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