アフタヌーンティー 番外編

EP1『花』

 暖かな風が心地いい3月末。 
 桜の花が美し過ぎる姿を少しずつ見せはじめていた。
 私はお気に入りの曲を聴きながら、高級店が並ぶ街を歩いている。

(紫苑は好きな宝石を選んでおいてって言ったけど……)

 私の誕生日が近いから、紫苑は記念になるようなジュエリーをプレゼントしたいと言ってくれている。
 気持ちは嬉しいんだけど、ウィンドウから眺めるジュエリーはどれも同等に綺麗で高価だ。

(んー……やっぱりすぐに決めるのは難しいな)

 私はお店に入る勇気も出なくて、近くの公園へと足を向けた。

 ベンチに座った場所は、丁度桜の木の下。
 そろそろ花見客が押しかけて、なかなか座れないポジションだろう。

(いい風……今度は紫苑と一緒に来たいな)

 目を閉じて風を感じていると、ポトリと顔に何かが落ちて来た。

「何?」

 見ると、咲ききる前に落ちてしまった桜の花だった。ピンク色が湯上りの赤ちゃんの肌みたいに綺麗だ。

(こんなに綺麗なのに、もう落ちてしまうなんて……可愛そう)

 私はそれを大事にハンカチにくるむと、鞄に閉まって帰宅した。

 夕飯の支度を済ませ、紫苑を待っている間にお茶の時間を楽しんだ。
 お気に入りの紅茶の上に、今日ひろってきた桜の花を浮かべてみる。
 薄オレンジの紅茶に白い花が咲いている……何となくこれだけで心が癒された。

(花って、不思議な力があるね……その影響力は枝に付いている時だけじゃないんだもの)

 大事にその紅茶を飲んでいると、ちょうど紫苑が帰宅する音がした。

「おかえりなさい!」

 玄関に飛んで出ると、紫苑は私をギュッと抱きしめて頬にキスをする。

「ただいま」
「今日は少し早かったね」
「うん、たまには千紗都とゆっくりの時間が過ごしたいし」
 
 着ていたジャケットを脱ぐと、改めて私を抱き締めた。
 彼の力強い腕と優しい香りが私を安心させる。

「千紗都、今日は何か欲しいもの見つかった?」
「んー……実はまだ全然選べてないの」

 私の頭の上で紫苑がクスッと笑うのが分かった。

「千紗都らしいな……あ、紅茶飲んでたの?何か浮いてるけど……桜?」

 私が飲みかけていた紅茶のカップを見て、紫苑はようやく体を離した。
 お茶に桜の花が浮いているのにはすぐ気が付いたみたいだ。

「そうなの。公園にいた時に落ちてきたの。まだ咲いたばかりで綺麗だったから」
「そっか……そうだ、千紗都にちょうどいいお土産があったんだ」

 紫苑は鞄の中から小さな紙包みを出して、私の手に乗せた。

「これは?」
「台湾の人のおススメで勝ってみたんだ、工芸茶って言うんだね」
「あ、お湯を注ぐと花が咲くお茶だね!」

 私は嬉しくなって、早速その紙包みを開ける。
 中からはまだ蕾みたいになっているお茶がパッケージされたものが出て来た。
 これをお湯に入れるとじわじわとお花が咲いていくように見えるという、美しいお茶。

「これ、すごく嬉しい!」

 テンションの上がっている私を見て、紫苑は苦笑した。

「高価な宝石より、千紗都の笑顔を見るにはこういう風情のあるものの方がいいみたいだね」
「お茶ももちろん嬉しいけど、紫苑とこうして話題を共有してるのが一番嬉しいかな」

 そう言って笑うと、紫苑は突然チュッと軽くキスをした。
 驚いて目をしばたかせていると、彼は有無を言わさず私を抱き上げ、ソファに仰向けに寝かせた。

「紫苑?」
「そういう可愛い事を言うって事は、僕を誘ってるっていう解釈でいい?」
「ええっ!?」

 頬を優しく撫でられ、そのままゆっくりと唇が重ねられる。
 紫苑の美しい唇の感触が伝わって、体を痺れさせるような電気が走った。

「ん……紫苑……夕飯がまだ……」

 指で自分の唇を撫でると、紫苑はクスリと笑う。

「それは後でゆっくりいただくよ。今は千紗都の肌に触れたい……かな」
「え、どういう……んっ」

 紫苑は私の言葉を遮るようにキスをし、シャツのボタンをゆっくり外した。
 外気に触れた肌が寒いと感じる間もなく、紫苑の熱くなった唇が触れる。
 キスだけで少し甘い気分になっていた私はあっけないほど簡単に、下着姿にさせられた。

「紫苑……」
「少し寒いかな。待って、すぐに温めてあげる」

 紫苑は寝室から柔らかい毛布を持ってくると、自分もシャツを脱いで私の体を優しく抱きしめた。すると、彼の体温が直接伝わってきて心がじんわりと暖かくなる。
 耳を押し当てると、規則正しい心音が鼓膜を優しく震えさせた。

「紫苑の心臓の音を聞いてると……安心する」
「僕も、千紗都の暖かい肌に触れてると、すごく安心するよ」

 それ以上何か過激な行為をするでもなく、私達はそのまま互いの体温を確かめるようにしばらく抱きしめ合った。

(お湯の中で咲く花ってこんな気分なのかな)

 工芸茶の事をふと思い浮かべ、自分も紫苑の腕の中で咲く花のような気持ちになる。
 散る花を見るのは時に寂しい時もあるけれど、季節が廻ればまた蕾になり……新しい花を咲かせる。
 女は咲いたり萎んだり、時には花を落としてしまう事もあるのかもしれない。
 それでも、愛する人の腕の中に戻れば、きっとまた蕾をつけ……花咲けるに違いない。

 愛しい人の腕の中は、この世のどの場所よりも心地いい。

 私はお湯の中でゆらめく花のように、紫苑の腕の中でまどろんでいた――。

END


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二人のその後のエピソードを不定期に短編で綴って行きたいと思います。
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