二人の穏やかな愛の生活 Side 手島 陽 俺がずっと探していた真実。 宇宙に果てはあるのか。 人間の存在の意味は何なのか。 愛っていう目に見えないものの存在って何なのか。 俺は知りたかったんだ。 生きる意味を。 人間は、どこから来たのかという記憶を忘れて生まれてくる。 そして、どこに行くか分からないまま、死んでゆく。 ただそれだけの作業を100年前後の間に、何で苦しみながら全うしなきゃいけないのか、ずっと不思議だった。 物心ついた頃から、ずっと・・・苦しいと思いながら生きてきた気がする。 両親の仲が悪かったことをのぞいても、俺は小さい頃からちょっと変わった人間だったんだと思う。 素直に人間を好きになったり、信頼したりする事ができないタイプで。 そんな俺の心に、恐ろしく太い根をはって存在しつづけた女性がいる。 何故か、その女性は俺の妹だ・・・なんて言って現れた。 だから、俺の悩みは深くなった。 一人きりで生きられたら、その方が楽だったかもしれない。 でも、さんざん悩んだ末の決断。 美月を愛する。 世間的には「妹」として位置づけられている女性を愛し続けるっていう事を選んだ。 壮大に悩んだわりに、見つけた真実は・・・あまりにもあっけなかった。 美月が花売り場にしゃがんで微笑む。 「ねえ・・・お花買おうよ。植木鉢のやつ。切花は枯れた時に悲しくなるから」 植えられたバラの花を熱心に見て、気に入ったものを探している。 バラの花・・・。 「ピンク・・・」 「え?」 俺がいきなり色指定したから、美月は驚いて俺を見た。 「ピンク色がいいんじゃないかな」 「そう?陽くん・・・ピンクが好きなんだ。意外」 そう言って、美月は言われた通りピンク色のミニバラを選んだ。 ピンクは・・・美月の色だ。 真っ白な肌にうっすら血が通っているのが分かるピンクの頬。 真っ赤に流れる血の色が、美月の肌を通すとピンク色になる。 特に、俺の腕の中にいる時の美月の頬の赤さは、ちょっとピンクを通り越している時もあるけど、俺はそういう彼女をイメージさせるピンク色が好きだ。 心を安心させる。 日本人がやたら桜を好むのも、このピンク色のせいかもしれない。 決して真っ白でもなく、赤くもない。 淡く・・・はかなく・・・手に握るとふっと消えてしまいそうな雪の結晶にも似た、あの可憐さ。 桜吹雪の中を歩いた記憶を、アメリカに行っていた時はしょっちゅう思い出していた。 部屋に戻ってバラの花をテーブルに飾った。 「すごい綺麗!弱らないようにちゃんと栄養も与えないとね」 美月が嬉しそうにミニバラの花を一つチョンッとつついた。 「だね・・・」 二人で暮らして2ヶ月。 両親には一緒に住んでいる事だけ知らせて、特にどうこうしようっていう気は無いと伝えてある。 結婚とか・・・そういうのも考えていない。 美月も、俺と二人で一生を生きる事を考えているみたいだ。 「子供はね・・・いらないと思ってる。もしかして、血がつながっているかも・・・っていう可能性を完全に否定出来ないもの・・・」 美月がいつだか、こんなふうに自分の気持ちを伝えてきた事がある。 俺も・・・その考えに賛成だ。 親がいくら結婚前に関係は無かったと言い張っても、それが確たる証拠にはならない。 99パーセントの確率で俺達は全く別の遺伝子を持って生まれたと思っている。 でも、残り1パーセントを完全に払拭できない限り、やっぱり子供を持つという選択肢は諦めようって思った。 「美月がいればいい」 俺は毎日のようにそう言う。 「美月さえいてくれたら・・・俺は生きられる。お前が俺の生きる理由になってる・・・こう言ったら重いかな?」 美月の柔らかい唇にキスをしながら、そうつぶやく。 キスはもう何百回したかな・・・というほどになってるけど、全く足りない。 いつまでも、何度でも繰り返したい。 「陽・・・くん。あなたの地球規模・・・ううん宇宙規模の愛情は・・・私がちゃんと受け止めるよ。大丈夫、重いなんて思った事ないよ。嬉しい・・・」 そう言って、美月はその綺麗な体を寄せてくる。 強く握ると散ってしまうバラの花びらのように・・・美月の体も、うっかり強く抱きしめると折れてしまいそうで、怖くなる。 「痛くない?」 思わず強く抱きしめ過ぎた時は、ついそう聞いてしまう。 「陽くん、心配症だよね・・・昔から。私はそんな簡単に折れたりしないし、陽くんが大事に抱きしめてくれてるんだから・・・痛いわけないよ」 美月は言う。 俺と心が通って、こうやって一緒に生きられる事だけで、もう一生分の願い事を叶えてもらったんだ・・・って。 だから、他のものは何も望まないって・・・言う。 ずっと隠してきた本心だ。 美月だって、俺の本当の心を知ったのは相当後だったはずだ。 それを考えると、確かにこうやってお互いの深い愛情を確かめ合えているのは、奇跡に近い事かもしれない。 俺が最後に望むのは一つだけ。 美月より一分だけ長生きする事。 美月が、俺が逝くのを見て泣くのは嫌だ。 そんな日がいつ来るのか・・・タイムマシンでも出来ない限り知る事は出来ないけど・・・神様は叶えてくれるだろうか、最後のこの願い。 美月という華がこの世で精一杯咲き誇ったのを確認して、俺は一緒に旅立つつもりだ。 どこに行くのか・・・それは分からない。 俺はあまりいい人間じゃないから、美月とは別の世界に連れて行かれるかもしれない。 その時こそ、本当の別れが待っているのかな。 でも俺は、地獄で死ぬよりつらい罰を与えられても・・・かまわないと思っている。 その分、今生きている事に感謝する気持ちが高まる。 美月を腕に抱けている。 この喜びを知る事が出来たから、もう何も怖いものはない。 「陽くん、そろそろ夕飯支度しないと・・・」 ベッドの中でいつまでも美月を抱きしめている俺の腕をそっと外す。 今日は休日で、何て事の無い一日を過ごした。 散歩して、買い物して、抱き合って・・・キスをして。 他に望むものは俺にだって何も無いよ。 他の人間にとって美月がどう映っているか分からない。 でも、俺には・・・ヴィーナスに見える。 いつでも彼女の体の周りには金色の光がとりまいているように感じる。 それは小学5年の初対面の日から感じていた事だ。 美月は「陽くんは星の王子様だね」とか言う。 なら・・・美月は俺にとってヴィーナスだ。 美の女神。 この世に生を受けた不思議な美しい人。 テーブルの上で綺麗に咲く小さなバラの花に軽く触れて、その感触が美月の肌と似ている・・・と思った。 星の王子様が大事にしたバラの花に宿った命。 どうしてそんなに大事だったのか・・・。 それは王子様にとって、そのちょっと小憎らしいバラは、この世に一つの大切な存在だったからだ。 バラの中に潜む美しいものに気が付いていたに違いない・・・。 暖かいスープの煮える香りがしてきた。 美月と一緒に暮らしているという実感が沸いて、俺の心は嬉しさで震える。 美月・・・お前が光り輝けるように、俺は精一杯この命を燃やし続けるよ。 きっと・・・ずっと。 ヴィーナス続編2 二人の穏やかな愛の生活 END *** TOPに戻る *** |
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