抹茶モンブラン

3−2 デート

先日「約束を忘れる」というとんでもない失態をしてしまった私は、名誉挽回の為に張り切ってゴージャスなお弁当を作った。
めずらしく光一さんが「広い場所でお弁当が食べたい」なんてリクエストをしたから。
日頃仕事で不機嫌でいる事を反省しているみたいで、遠まわしに私への気遣いがあるのを感じた。

国営の大きな公園があるっていうんで、そこを散歩しようかって言っていたから、レジャーシートも用意して準備万端。

8月の夏休み真っ盛り。
暑くて公園なんか来る人がいないかと思いきや、結構な賑わいだった。
バーベキューが出来る施設もあって、家族で楽しんでいる人が多かった。

「そうか、団体でこういうところに来ると自由に楽しめていいですね」
「うん。でも、こんなに暑いのに火を使うって、結構きついなあ」
ジリジリとアスファルトの熱が足元から伝わってくる中、確かに木陰とはいえ火を使って焼肉してたりする人を見ると、結構つらそうに見えてきた。
それでも、冷えたビールを飲む男性の顔は結構嬉しそうで、やっぱり人間はたまにああいう解放的な笑顔を見せられる日常が必要なんだな…なんて思ったりした。

「暑いけど…」
そう言って、光一さんは私の右手をそっと握ってきた。
何故か彼の手はヒンヤリしていて、体の熱っていうのがどこから放出されているんだろうって不思議だった。

「手を握って公園を散歩するのって、何か漫画とかドラマに出てきそうな感じですよね」
照れくさくて、私はそんな事を言って顔が赤くなるのをごまかそうとした。

「漫画もドラマも見ないから良く分からないけど、好きな人の手を握って歩くのは最高に幸せだよ」
「そうですね」

ここ最近光一さんは、私と一緒に居るのが幸せだと言ってみたり、僕なんかと一緒で大丈夫かと言ってみたり、支離滅裂な時がある。
仕事に追われて会う時間が削れて行く事が不安みたいだ。

実際、この先ますます忙しくなりそうな様子の彼だから、一緒に過ごす時間は削れていってしまうだろうなという予感はしていて。
当然寂しいんだけど、だからといってそれを理由に彼と別れようとは思わない。
1ヶ月に1回でもこうやって至近距離でまったりいられる時間があれば私はそれで十分だと思う。
毎週義務みたいに会っていても、その時間が幸せじゃなければ意味が無い。

「鈴音はいつもどこか冷静に僕達の関係を見ているよね」
私の応対について彼はこんな感想を言った。
困るのは言われた私の方だ。
光一さんを好きな気持ちは確かだし、一緒に眠って欲しいと毎晩思うほど彼を求めている。
でも、それをあまり強く出しすぎると重くなりそうだと思っているから、10個言いたい事があっても実際口にするのは1個だ。
だから、当然私の態度は多少冷めているように見えるのかもしれない。

また「強い女」「守る必要のない女」って思われるだろうか。

「光一さんが快適に過ごしてくれたらいいなあって思ってるから。だから言いたい事をセーブしてるんですよ。全部口にしちゃったら、きっとビックリしますよ?」
私は笑い話風にそう切り替えした。

「言いたい事って何?」
「え、そうですね…例えば、毎日隣に寝て欲しいとか。出張が長い時は一緒にくっついて行きたいなとか。不可能な事ばっかりですよ。だから、わざと口にしないんです」

私が少しだけ本音を伝えたら、光一さんはフッとため息をついて笑顔になった。

「そうか…鈴音もそんなふうに思う事あるのか。何だか少し安心したよ」
「安心してください、私、決して強い人間じゃないんですから」
そう言って、自分の弱い部分もさりげなくアピールする。
もう「強い女だな」なんて誤解されて、手を離されるのは嫌だ。

お弁当を木陰で食べて、またブラブラと散歩した。
暑い日だったけど風もそよいでいたから、汗だくとはまではならなくて、8月にしては涼しい日だった。

「ゲームセンターがある」
光一さんはそう言って、公園の中にあるレジャー施設前で足を止めた。
ゲームをするなんて全然イメージじゃなかったけど、彼はそこに積極的に入っていく様子だ。

「ゲーム好きなんですか?」
「好きってほどでもないけど、大学生ぐらいまでは暇つぶしにやってたかな」
「そうですか。…あ、リラックマがある」
彼の言葉に相槌を打ちながら、私はUFOキャッチャーの中にあるぬいぐるみに目がいった。
「欲しいの?」
「うーん。でも、これとるのに何百円もかけるのってバカらしいですよね。オモチャ屋で普通に買った方が早いかもしれない」
私がクマのぬいぐるみをじっと見ているのを見て、光一さんは即座に小銭をその機械に入れてUFOキャッチャーを始めた。
大きめのクマの首がなかなか持ち上がらなくて、結局千円ほど投入したあたりで、ようやく小さめのクマが落ちてきた。
「やった!!」
思わず二人で歓声を上げる。

手にしたクマのぬいぐるみは、買ったら500円ぐらいかなっていう大きさだったし、縫い目とかもかなり適当だった。
でも、光一さんが必死でとってくれたこのぬいぐるみは、私の宝物だ。
ぎゅっと抱きしめて、その手にしたクマに「ヒカル」という名前をつけた。
「何でヒカルなの」
「光一さんの字をとったんですよ!」
「あ…そういう事」
クマのぬいぐるみが、まるで自分達の子供みたいな気がして、私はそれを大切に胸に抱いた。
そんな私の様子を見ていて、光一さんは笑っていた。

「何が可笑しいんですか」
「いや…思った通りの人だなって思って。動物とかに情が移るタイプだろうなって思ってたんだよ。でも、まさかぬいぐるみにまで名前をつけるとは思わなかった」
こんなに本気で笑っている彼を見るのは久しぶりで、最初は笑われている事にむくれていた私も、そのうち一緒になって笑っていた。

幸せな時間。

夢のような二人だけの時間は、驚くほど早く、アッという間に終わってしまった。

「今日は泊まれないんだ。ごめん」
次の日からまた遠い場所への移動があるから、土曜の夜だったけれど、彼とはお別れしなくてはいけなかった。

相当寂しいけれど、ここで私はぐっと我慢をする。
強くない私がこうやって好きな人との別れの時間を一生懸命耐えている姿は、外から見たらちょっと可愛そうに見えるぐらいのしょげっぷりだろう。

「明日からのお仕事、また頑張ってくださいね」
涙を見せないよう、笑顔で頑張る。
「うん。携帯に連絡は入れるから」
別れるのが惜しくて、私達は車の中でキスをしては抱き合って…それを何回か繰り返した。

「きりが無いから…行くね」
何度目かのキスの後、私は思いきって彼の腕の中から体を離した。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

バタンと助手席のドアが閉まって、車は静かにユーターンする。
光一さんが乗った車のバックライトを見ながら、その明かりが見えなくなるまで私は道端に立ち尽くしていた。

私の幸せがスルンと腕をすりぬけて、目に見えない場所へ隠れてしまったような気がした。
毎日一緒にいたい。
ずっと彼の手を握っていたい。

こんな不可能な事を、私は別れ際になると強く思うようになっていて。
その心を抑えるのがすごくつらくなってきていた。


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