抹茶モンブラン

5−4 予想外の展開

何となくすっきりしない日々だけれど、時々小山内さんとは会っていた。
昼ごはんを一緒に食べるくらいで、特に夜遅くまで一緒にいるような事はなかったけれど、自分の中にたまったストレスを彼と話す事で少し解消出来た。
ある意味久美よりもさらに小山内さんはズバッとした意見を言う人だ。

「で、鈴音さんはどういうつもりで俺と見合いしたんですか?」
今までその事には触れてこなかった彼が、ふと思い出したようにそう聞いてきた。
「それは…まあ、両親の強い勧めもあって」
「それはたてまえですよね。俺が知りたいのは、あなたの本当の心情です」
組んでいた足をストンと下におろして、表情は穏やかに小山内さんはそう言った、
狭い喫茶店にいたから、煙がこもるのを考えて、彼はタバコを口にしないでいてくれた。
私はどうにもこの人には適当なごまかしの嘘はつけないんだなと思って、自分も失恋したのだとだけ伝えた。そして、その悲しみをごまかす為にお見合いの話を受けたのだ…と。
まだ彼を愛している事や、鮎川さんの事情などはさすがに話さずに黙っていた。
小山内さんも、それ以上は突っ込んでこなくて助かった。

「…そうですか。いえ、俺も最初は前の彼女を忘れる為にもちょっと別の女性と会ってみるのもいいかなって失礼な気持ちでお見合いしたんですけどね。でも、こうやって鈴音さんと何回か会ってるうちに、もう少し近くなれないものかなって考えるようになって。すみません、別にプライバシーを侵害するつもりじゃなかったんですけど」
強引な質問をしたかなと気になったようで、彼は申し訳なさそうにそう言った。

「でも小山内さんが思った以上にいい方で安心したんですよ」
私が本心をそのまま伝えると、小山内さんは首を横にふった。
「そういう期待させる事を言ったら駄目ですよ、俺は紳士じゃないですからね」
こんな言葉の後、“今夜は少し飲みませんか”と言われた。
何となく彼が思ったより私に恋愛感情に近い感情を抱いているのを感じて、軽く警戒心が出たけれど、少しなら…と、付き合った。

                     *

軽い食事も出来る居酒屋で、私は梅酒を頼み、小山内さんはビールを頼んだ。
昼に見た姿と違って、オレンジのライトの下にいる彼は、やはり30歳を超えた男性なんだなと思わせる大人なムードを持っていた。
「本当にね…恋愛なんて面倒くさいばっかりで。実はもう二度とゴメンだと思ってたんですよ」
そう言って、彼はジョッキを少し傾けてビールを一口飲んだ。
「何ていうかな、ちょっとしたギャンブルに似てますよね」
「ギャンブル?」
とっぴな意見を言うところも久美に似ている。
「ええ。順調に勝ち進めていても、”ツキ”が落ちると嘘みたいに脱落する。で、気が付くと丸裸だったりして。しかも付き合い始めとか夢中な時はそういう危険性は全く見えないんですよ。ある日唐突に思いもかけない事で全てがパー…」
両手をパーの仕草を見せて、おどけてみせる。
極端な考えだなと思ったけれど、まるっきり外れているわけでもないから、私も笑ったりできなくて黙っていた。

「一人で生きるのが気楽でいい…って思ったばかりなんですけどね。何で鈴音さんみたいな人に出会ってしまったんだろう。しかもどうも俺はすでに分が悪いらしい気配はとっくに感じてるんですよ…この察知の鋭さもあんまりいい財産とは思えないですね」

答えに困る言葉で、私もどうしていいか分からなくなって、冷たいコップをずっといじっていた。

「昔話するのは恥ずかしいんですが、どうせだから言ってしまいますけど…振られた彼女とはもう結婚秒読みって感じだったんですよ。でも、俺があまりにも察知がいいもんで、浮気してるのがすぐバレて…。彼女は結婚前に別の男がどういう感じか少し知りたかっただけだと言ってました。23歳で、まだほとんど恋愛経験の無い子でしたからね」
「そうなんですか…」
小山内さんの話を聞きながら、私は俊哉を思い出した。
彼も私以外の女性がどんなかすごく興味があったみたいだ。でも、私は鈍かったから彼から別れを切り出されるまで気付かなかった。

「あのまま鈍感に何も気付かなければ、今頃俺は結婚してましたね。そう考えると人生って不思議だなあと思います。一瞬一瞬を後悔無く過ごさないと明日はどうなるかまるっきり分からないですから」

ビールも4杯目で、すっかり酔った様子の小山内さんは人生の不可解さを私に語り続けている。

「でもね、“結婚”っていうのは別なのかもしれないですけど。“恋“は本当に意地が悪いですよね」
「どういう意味ですか?」
「鈴音さんを少しずつ知るにつれて、俺はあなたにどうしようもなく惹かれているんです。あなたは多分全く俺の事なんか見てないって分かっているのに…勝手に心があなたに会いたいと言うんです」

もしかしたら、似た境遇を経てきた私達の間には何か通じるものがあったのかもしれない。
それを小山内さんは”恋愛感情”だと思っていて、私は”友情”だと思っている。
この違いは訂正しようとしても、なかなか難しい。
今の私に光一さんを忘れて小山内さんを好きになれと言われても、ちょっとすぐには無理そうだ。
私はもともと心を転換する力が弱い。
好きになった人に、一生尽くしたいというちょっと古めかしい心を持っている。

この気持ちを隠したまま、小山内さんと付き合うのは無理だろう。
それは彼が鋭い人だという事もあるし、やっぱり私の中で彼に対して失礼だという気持ちは拭いきれない。

なのに、この後私は思いもよらない展開に流されてしまう事になる。

                      *

かなりアルコールが入ってしまい、私の足はフラフラの状態だった。
小山内さんは後半は飲むピッチを抑えていて、居酒屋を出る頃にはやや頭はクリアになっているみたいだった。
「鈴音さんは…もう恋愛には興味無いんですか?」
外の空気を胸いっぱいに吸ってから、小山内さんはそんな事を聞いてきた。
「…はい?」
「俺を…好きにはなれませんか」
決して不真面目な感じではなかった。
優しい眼差しで私に好意を伝えようとしている小山内さんの様子を見て、私はドキッとした。
「好きですよ、好意は持ってます」
正直な気持ちだ。

すると、さらにシリアスな表情で小山内さんはこう言った。

「鈴音さん、俺はあなたが好きです。写真での印象が良かったのもありますが、あなたの内面を知るうちに本気になりました。だから…もう少し一緒に過ごしたい」

こういう告白をされなければ、ずっといい関係を続けられそうだったのに。
聞きたくなかったと言ったら失礼になるんだろうけど、私は小山内さんも私と同じように別の女性を忘れられずにいて、同じ傷を抱えていてくれたらいいのにと思っていた。
そうすれば、友人のような関係でいられる気がした。

「でも、もう終電が…」
「タクシーでお送りしますよ」
思いもよらない展開が、状況を実感する間もなく進んだ。

「俺を…一度受け入れてみてくれませんか?」
小山内さんの目がやや色気を帯びていて、何だか体に甘いものが走る。
「受け入れる?」
戸惑っている私を見て、小山内さんもやや苦笑ぎみだ。
「ええと、これ以上俺に言葉にしろとおっしゃるんですか」
「もしかして…」
私は彼が言おうとしている事を予想して、酔った頭がちょっと冷えた感じがした。
「そう。鈴音さんも大人の女性なんですから…俺が言いたい事の意味は分かりますよね?」

そこまで聞いて、私はまさかと思っていた事が本当なんだと理解した。
彼は私をホテルへ誘っていたのだ。
男女の関係になりましょう…と。

光一さん以外の人に抱かれる?

私の頭の中は混乱した。
久美が言っていた「異性としてどうかというのは寝てみれば分かる」という言葉が思い出される。
光一さんを忘れる為に、乱暴でも別の男性を知った方がいいんだろうか。

でも…でも、心の準備が全くできていない。

ちゃんと自分の中で答えを出せていないのに、私は小山内さんに手を握られ、ネオンのうるさい街中へと入って行った…。

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