ワンルームで甘いくちづけを

2.秘密

2−1

 叔母さんは私からの連絡があるまでソワソワしていたみたいで、その日の夜に電話したらワンコールで出た。
『どうだったの!?』
「……えっと、まぁそんなに悪くなかったですよ」
『そう?良かったわ〜、菜都乃はボーっとしてるから佐伯さんみたいな大人な男性がいいと思ったのよ。それにね、佐伯さんとこはマンションオーナーとかやってて……結構なお金持ちなのよ?』
 それは初耳だったし、斗真さんもそんな話はしてなかった。
 でも、私にとってお金持ちであるかどうかっていうのはそんなに重要じゃない。今日のお見合いで収穫だったのは、やはり兄の事をあんなにストンと受け止めてくれる男性がいたんだと分かった事だ。
「とりあえず、これから少しずつお付き合いはする事になったので。叔母さん、いろいろありがとう」
 私より全然はしゃいでいる叔母さんは、これで安心して眠れる……と言って電話を切った。

「ふ〜……」
 何だか妙に長いような短いような1日だった。こんな日は、ゆっくりお風呂に入って寝るに限る。
 そう思ってシャワー室へ行こうとしたら、スマホにメールが着信した。さっき交換したばかりのアドレス。斗真さんからのものだった。
『今日はありがとう。気が早いと思われるかもしれないけど、来週末も会えるかな?』
 この誘いは普通に嬉しかったから、私はOKの返事をした。
『良かった。じゃあ、菜都乃さんの働いてるコーヒーショップに11時でいいかな?』
「え、私が働いてるお店知ってるの?」
 驚いてスマホの画面を見入る。
 でも、後で聞いたところ、彼の良く顔を出す出版社がビルの中に入っているらしく。斗真さんの方は、何度かお客様として私からコーヒーを買った事があるのだと言っていた。
 常連さんの顔は覚えているんだけど、数回買ったくらいのお客様の事を覚えるほど私の頭脳はよろしくない。
 それでも店員としての私を覚えていてくれていたというのは、ちょっと嬉しい事だった。
『笑顔が可愛らしかったから、何だか印象に残ってたんだ。お見合い写真見てすぐ分かった』
 異性から“可愛らしかった”なんて言われるのは久しぶりで、ちょっとうろたえた。
(どうしちゃったんだろう、私)
 斗真さんの言葉を聞いて思ったのはこんな事だった。
 固形体だった自分の心が少しだけ蒸気化しているのは……斗真さんの女殺し的なムードにちょっと酔わされてるっていう事なんだろうか?

 思いもかけない事が起きたのは、その次のデートでのことだ。
 先にショップに着いてしまい、私は自分の働くお店でコーヒーを飲んでいた。何となく心が落ち着かないというか……デートっていうのは経験不足過ぎてどうしていいか分からない。
 でも斗真さんの落ち着きっぷりは最初に会った時で分かっているから心配はないよね。
 そう思っていたところ……突然背後で男性の高い声がした。

「わぉ、超可愛いじゃーん!」

 ビックリして振り返ると、背がスラリと高くて髪もサラサラの可愛いらしい顔をした男性が私の前に立ってニッコリと微笑んでいた。
 耳についたピアスがキラリと光って……その様も随分と雰囲気に合っている。
 その後ろにいた斗真さんは、ややげんなりした顔でタバコをくわえている。

 この突然の出会いにより、私は斗真さんの本当の秘密を知る事になった。

INDEX ☆ BACK ☆ NEXT
inserted by FC2 system