ワンルームで甘いくちづけを

2.秘密

2−2

「あの……どちら様ですか?」
「ごめん。撒いたつもりが……ちゃっかり尾行された」
 きまり悪そうな顔をしながら、斗真さんがボソッとそう言った。
「尾行?」
「こいつ、俺の弟で優耶(ゆうや)っていうんだ。こんなに早く紹介するつもりなかったんだけど……まぁ、よろしくしてやって」
「そうなんですか。は、はじめまして……北沢菜都乃といいます」
 慌てて椅子から立ち上り、とりあえず改まった挨拶をした。でも、優耶くんは斗真さんと違って人懐っこい笑顔でどんどん話しかけてくる。
「菜都乃ちゃん?可愛い名前!兄貴がコソコソ怪しい動きしてるから絶対女の子と会うんだと思ったんだよね〜来てみてよかった♪」
「……」
 斗真さんに似てとっても綺麗な顔立ちなんだけど、仕草とか言葉とかが、どう見ても“女の子”っぽい。でもその理由も彼は自分からすぐに暴露した。
「あ〜……その反応。僕の事変だと思ってるでしょ?」
「いや、変だなんてそんな事は……」
「あは、気にしなくていいよ。皆同じ反応するから慣れちゃった。僕、一応男に生まれちゃったんだけど、心は女なんだよね」
「あっ、そうなの?」
「うんうん。難しく言えば“性同一性障害”っていうの?まぁ、僕はどういう名前がついてようが僕だから関係ないんだけどね」
 そう言ってニコニコしている優耶くんの笑顔には影がなくて、斗真さんとは全く違う性格をしているんだなって思った。
 そう。この時は、優耶くんの心の中に私に対する渦巻く何か……を感じる事は不可能だった。
 それぐらい彼の笑顔は無邪気で可愛らしかったのだ。だから、私は性別がどうとかは関係なく、初対面の優耶くんに好感を抱いた。

 多分……素直な笑顔でも見せたんだろう。そんな私を見て、彼はさらに私に接近してきた。
「だから、僕の事は兄貴とは別に”妹“みたいな感覚で付き合ってくれていいからね♪」
「う、うん」
 手を握られ、はしゃぐ優耶くんの姿はまさに乙女。年齢はまだ聞いてないけど、多分20代前半なのは間違いないだろう。とにかく若い。
「優耶、もう気が済んだだろ」
 このまま3人でデートしてもいいかなって気持ちになっていた私の目の前に斗真さんが立ち、優耶くんとの手を引き離した。
「なんでよぉ……もう少し菜都乃ちゃんと話していたいんだけど、僕」
「いい加減にしろ、お前、今日大学の試験バイトするって言ってただろ?」
「そうだけどさぁ」
 ちょっと残念そうにふくれた顔の優耶くんが、斗真さんの迫力に押されるように後ろに下がった。
「じゃ、菜都乃。今日は一応デートコース考えてるから……行こう」
「あ……」
 さり気なく手を握られ、私は斗真さんに連れられてビルの自動ドアを出た。

 後ろに残された優耶くんがどんな顔で私たちを見送っていたのか……それは見る事ができなかった。

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