ワンルームで甘いくちづけを
2.秘密
2−5
混乱した頭をフラフラさせていると、斗真さんは困った顔を私に向けた。
「こんな話して、軽蔑した?」
「え、そんな……そんな事はないです。でも……正直不安です」
「何が不安?」
人が人を愛するという事を、おざなりにしすぎているように感じる。
兄は……『幸せになれ』そう言った。私の幸せは、兄を胸に抱いたまま生きる事だと思っていた。その心に変化はないけど。
愛がない結婚をするのが本当に私がとる道として正しいのか。それが分からなくなった。
「斗真さんがどんな人なのかまだ分かりませんし……正直、あなたの望むお相手なのかという自信がありません」
この言葉を聞いて、斗真さんはフッと優しい目をした。
「俺の相手である自信なんて……必要ないでしょ」
「それってどういう意味ですか?」
「君はお兄さんを愛し続けていればいい。俺は今まで通りの生活をする……君という伴侶を傍らに置いてね……それだけの事でしょ」
この言葉を聞いて、やはり斗真さんの望む結婚と私の望む結婚とは違う気がした。
私は……やっぱり一緒に暮らすなら、最低限の愛情が欲しいと思っている。ただ、それが兄を超えるほどの愛に成長するのかどうか……そこに自信が無いだけだ。
「お付き合いするのでしたら……私も、それなりの好意を持ちあう関係でいたいと思ってます。それが恋人と称するには最低限必要なものだと思うので」
「言い方が硬いけど……そりゃ、そうだよね」
会話する事に少し疲れたみたいで、斗真さんはたまらず煙草に火をつけた。
この仕草をされると、私の胸は昔感じたのと同じうずきを感じる。兄は私には決して異性としての愛情は注いでくれない……それを痛感する時の痛みだ。
条件反射みたいなものだろうか……。
「とりあえず結論なんだけど。菜都乃はこのまま……俺の彼女として付き合ってくれるつもりはあるのかな?」
スーッと吐き出した煙に目をやりながら、私は少しだけ答えを考えた。
斗真さんは私を利用価値があるかないかだけで見ているのだとしたら……やはりその先を進むのは兄の望む私の道ではないと思う。
でも……
「戸惑ってはいますけど、お別れしたいとは思っていません」
悩んだ末に出た答えは、こんな言葉だった。
斗真さんとどれだけの関係が築けるのか、それは全くの未知数で。とにかく進んでみない事には分からないと思ったのだ。
「良かった……たいていの女はここで俺を理解しようという気力を失うみたいだから」
「そうですか」
「うん、しょうがないよね……相手に愛情を持ってないのに付き合うなんておかしい関係だから」
そう言って、斗真さんは乾いた笑いをした。
(こんなに容姿に恵まれて、才能もある人なのに……この人は愛を知ろうという意志が本当に無いんだ……)
本当の恋愛を知らない私に、斗真さんをどうこう言う権利は無いんだけど。
(愛の無い結婚……何かが違う気がするんだけど、私には今この流れを止める力が無い)
斗真さんのコートの裾がひるがえるのを見つめながら、私はそんな事を思った。
その後もそつのないデートコースを巡って、斗真さんは以前と同じようにあっさりと駅前で別れの言葉を言った。
彼の後姿を見ながら、妙な違和感が走る。
(これでいいのかな?こんなお付き合いを続けて……私は本当に幸せになれるのかな)
その時、斗真さんと入れ替わるように優耶くんが薄暗くなったロータリーを歩いてきた。
顔には笑みは浮かんでなくて、少し怒っているようにも見える。
そんな彼が、私の前でピタリと足を止め……口を開いた。
「デートは楽しかった?」
「え?」
私に話しかけてきた彼は、昼に会った彼とは全く別人のようで。その迫力に、私は足を一歩後ろに下げた。
私が怯えたのを見た彼は、ゾクッとするような笑みをたたえた。
「菜都乃ちゃん……だったよね。君さぁ……本当に兄貴に愛されようとか思ってんの?」
私たちの裏事情を知らない優耶くんは、私と斗真さんが本当に付き合っているのだと思っているようだ。
長い指を私の頬をさらりと撫でて、クツクツと笑う。
「この程度の女に、兄貴が揺れるもんか……」
「何を言ってるの?」
頬から顎にかけられた指でぐいっと顔を上に向かせられる。
「邪魔なんだよね……消えてくれない?」
「……」
今にもキスされてしまいそうなほど優耶くんの顔が近くにあって、私は声も出せずにそのまま硬直していた。
鋭い目。可愛らしい女子のような顔をしているのに、この時の優耶くんは“男”を感じさせるオーラを発していた。
怖くて震えてるのに、危険な香りに何故か体がゾクゾクする。
(何なの……この子!?)
優耶くんとの危険な関係の始まりは……ここからだった。
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