ワンルームで甘いくちづけを

2.秘密

2−4

 食事を終え、私たちはまだ木漏れ日が暖かい公園を選んでそこをゆっくり歩いた。
 子供たちが広い芝生の上でサッカーをしている。その光景がセピア色の写真を見るような気持ちで私はまばゆい秋の色に目を細めた。
 斗真さんは黙ったまま煙草を立て続けに2本吸い、私と同じ風景を眺めている。
 まるで別れ話を切り出されるのを待つような気分だ……斗真さんはいったい何を離そうとしているんだろう。
「やっぱり、前回会った時に言うべきだったかもしれない」
 真面目な顔を崩さないまま、彼はそうつぶやいた。
「何ですか?」
「菜都乃はお兄さんと肉体関係になりたいとか……思った事ある?」
「え?」
 私は目をまるくして斗真さんを見上げた。
 そんな私を見て、彼は少し疲れた表情で“はぁ”とひとつため息をつく。
「これはもっとゆっくり打ち明けるつもりだったんだけど……何て表現すればいいんだろうか……」
「優耶くんの事ですか?」
 この言葉に、彼は静かに頷いた。その表情を見て、どうやら私が想像しているより、斗真さんが話そうとしているのは深刻な事なのだというのが分かった。
 私の心には優耶くんの無邪気な笑顔しかなくて、特別問題があるような事はなかったように思ったのだけれど……。
「優耶は、俺と一つになりたがってる」
「……?」
 優耶くんは斗真さんの弟さんで。それで、性同一性障害だっていうのも分かったけど……お兄さんに対して“一つになりたがってる”って、いったいどういう事だろう。
「俺は女に特に興味は無い……だからといって男が好きな訳でもない」
「ぶっ!」
 何か冗談を言ってるんだと思って、私は思わず吹いてしまった。でも、斗真さんの深刻な表情は動かない。
「冗談でも何でもないんだ……何故か俺は男に好かれる」
「男性に……」
 女性にも当然好かれるオーラは持っているけど、どうやら……彼は異性からも相当モテてしまう体質みたいだ。
「だから、優耶も……」
「え……」
 笑顔だった私の顔もさすがに固まった。
(ま、まさか。まさか優耶くん……斗真さんを!?)
 私の脳裏に、今まで想像もした事のないような奇妙な世界が浮かんだ。
「優耶の事は本当に大事な弟だと思ってる……だから、何とか普通に恋愛をさせてやりたい。せめて実の兄じゃない俺以外の人間を見て欲しいんだ」
 確かに斗真さんは、お化粧をしたらかなりの美人になってしまいそうな綺麗な顔をしている。スタイルもモデルみたいにスラッとしていて、180センチくらいありそうな長身。
 男性だろうが女性だろうが、彼の見た目だけで惹かれる人がいるだろう事は想像はできる。
(だからといって……えー……!?)
 さすがの私も、この斗真さんの告白には戸惑いを隠せなかった。
「菜都乃がお兄さんを強く思っているっていう話を聞いて、君なら優耶の事を理解してくれるかと……期待した」
「……」
 確かに私は兄を愛してる。一生他の男性を受け入れられないと思うほどに。
 でも、この思いはやはり兄妹の間を超えないものだと思っていて……少なくとも、私は兄とセックスがしたいというような衝動を覚えた事は一度もない。
 そういう点で言えば、私はまだノーマルなエリアにいると言えるのかな。
「私はいったいどうすればいいんですか?」
 やや途方に暮れてそう言うと、斗真さんは力なく笑った。
「最初に言った時と同じだよ……結婚を前提で付き合って欲しい。俺のこの世で唯一の女として……」
 やっと少し意味が分かってきた。
 斗真さんが“私を”結婚相手として“適している”と判断した理由が。
 彼は恋愛とか結婚とかには関心が無いのだけど、それでも自分の周囲には彼に恋愛感情を抱く人々がいつでも群がっていて。それに対して何か“けじめ”を求めているのだろう。
 さらに、その決心を確定させたのが優耶くんの存在。
 自分の実の弟に溺愛(狂愛?)されてしまっている現実を早く解消したい。そうしないと、一生弟の人生は狂ったまま……。
(そうか……私は完全なるカモフラージュって事なのか)
 兄を愛していると、堂々と言ってしまった私なら……優耶くんへの理解も可能かもしれないと思った斗真さんの発想は分からなくもない。実際この事実を聞かされても、私は腰を抜かすほど驚いてはいない。ただ戸惑っているだけだ。
 優耶くんを騙して恋人……果ては結婚相手になっていいのだろうかという疑問。
 こんな条件で結婚をして、本当に兄は喜んでくれるのだろうかという不安。

(あぁ……私の人生、ますます複雑になってきた)


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