ワンルームで甘いくちづけを

3誘惑

3−6

 スラリとのびた綺麗な優耶の指。
 それが私の頬に触れ、そのまま耳にかかった髪をスッとすいた。
「菜都乃の髪はいつもサラサラ綺麗で……男にとっちゃセックスアピールのひとつに見える」
 そう言うと、優耶は手に少し束ねた私の髪にキスをした。髪なんて感覚がないと思っていたけど……優耶のキスで確実に私の体は反応した。
 そんな私におかまいなしで、優耶はそのまま寒さで冷たくなっている耳を唇で挟むようにしてきた。キスとは違う……何かに食べられてしまうような感覚になる。
「や……優耶……」
「やじゃないでしょ、そういう時はもっと素直にならなくちゃ」
 優耶から離れようとしても、彼の思いがけない強い握力で引き戻される。
 そのまま唇が重なり……優耶の手が私の来ていたカーディガンのボタンにかけられた。
(抵抗できない……体の力が抜けて……動けない)
 夢でも見ているかのように私は優耶にされるがままになっていた。
 優しくベッドに寝かされ、はだけた胸元を優耶の手が焦らすように這う。
「あぁん……」
 体をよじりながら、私は自分の声とは思えない音を発していた。
「いい声出たね……可愛いよ」
「違う……」
「違わない、今、菜都乃は感じてるんだよ……それを素直に受け止めないと」
 慣れた手つきであっという間にブラのホックを外され、外気とは真逆なほど暖かい優耶の口が私の胸の先端を含んだ。
「ふぁ……」
 あり得ないほどのむず痒いような感覚が体に走り、私は無意識に優耶の体に手を回していた。

 ここは私の部屋で。
 私は少し優耶くんに心を許してしまった感がある。
 だから……体が彼を拒絶しない。
 そこまで計算済みで、優耶くんは私にこういう事を仕掛けてきているような気がする。

「もっと……って思うでしょ?」
 こう言った優耶くんの瞳はいつもの無邪気さが消えて、完全に獣のようだった。
「自分の恥ずかしいところが濡れてるって分かってる?」
「え?」
 言われて初めて自分のショーツが少ししっとりしている事に気が付いた。
 優耶は一切この場所に触れたりしていないのに……私の体を受け入れ可能な状態まで持って行ってしまったのだ。
(嘘、私……こんなの初めてなのに)
 何だか自分がいやらしい人間になってしまった気がして。兄を裏切っているような……そんな気がして。妙な罪悪感が沸いた。
 それでも熱くなった体はまだ優耶を求めているようだったけど……私の心が何を求めているのか……それが次に発せられた優耶の言葉ではっきりと分かった。
「女として輝きたいなら、愛が無くてもセックスはしてないと駄目だよ」
「愛が……無い?」
 この言葉で、体を火照らせていた感情が急激に冷めていくのが分かった。
「ほら、やっぱり勘違いしてる。僕が君を愛するとでも思った?」
「……」
 どうして優耶の言葉で私は傷ついているんだろう。
 彼は私を利用しているだけ。最初から分かっていた事なのに。
 黙っている私に毛布をかけて、優耶はベッドから離れた。
「ごめん、今日は失敗だ……最後まで出来なかったね」
「……もう二度とこんなのやめて」
 布団の中で、何故か私は涙を流していた。
 悔しいのか、悲しいのか、寂しいのか……自分の感情が分からない。
 こんな私の気持ちなど考えもしない……といった感じで優耶は言った。
「止めないよ、菜都乃が僕の体を求めてくるようになるまでね」
 こんな事をしたって私が優耶に夢中になるとでも本当に思ってるんだろうか。
 だとしたら、セックスは知っていてもこの子は……本当の意味で人を愛するという事を知らないんじゃないだろうか。
「体を支配したって心は支配できない……それぐらい分からないの?」
「分かってないのは菜都乃だよ、君は僕の愛撫に反応した……それが証拠じゃないの」
 違う。
 私が反応したのは、昼に見せた優耶の私に対する優しさのせいだ。
 彼は無意識にやった事なのかもしれないけど。兄を少しだけ忘れさせてくれた優耶に……私は心が揺れたのだ。
 
「心を無視して体だけ繋がるなんてあり得ない……あり得ないよ」

 優耶の心に届かないと分かっていても、私はこれだけは真実だと直感していたから……呪文のようにそうつぶやいた。


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続きをお楽しみに。

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