二度めの恋は大胆に
2−4 蜜の予感
都庁から眺める夜景。
星のようにきらめく新宿の街が一望できて、佐奈は息をのんだ。
「綺麗……」
佐奈の様子を見て、恵介は嬉しそうに笑った。
「気に入っていただけたみたいですね。良かった」
「私、一人で色々動くのが苦手で…こんなふうに連れてきてもらわなかったら一生夜景なんて見ないで過ごしてたかもしれない」
奥手で、何事にも慎重な佐奈。行動範囲も狭く、あまり冒険を好まない性格が現れている。
だから、恵介のアクティブな性格は佐奈にとってとても新鮮で、全ての事に驚かされる。第一、夜の新宿を歩くというのも滅多にない事で、いつもの佐奈なら今頃自分のアパートでのんびり読書の続きでもしているところだろう。
展望台に来る前に夜ご飯も食べ終えていた為、佐奈はもう今日のイベントは終わりだろうと思っていた。デートの最後を飾るに相応しい場所に連れてきてもらって、本当に夢のような時間だったな……と、振り返る。
「佐奈さん、まだ時間大丈夫ですか?」
恵介の申し出に、佐奈は驚いた。もう夜も遅い……これ以上どこに行くというのだろう。
きょとんとしている佐奈に、恵介は耳もとでそっとささやいた。
「クロードは一晩お嬢様の傍にお使えしますよ」
「え?」
意味が分からず、やはり佐奈は返答に困っている。
誤解じゃないとすれば、恵介は佐奈と一緒の夜を過ごそうと言っているようだ。朝まで一緒にいようと……。
「駄目ですか?」
キラキラと光る恵介の純粋な眼差し。
特別乱暴な事をされる気配はないから、佐奈も必要以上に警戒心は持っていないものの……やはり、予告もなくこんな展開になるのは戸惑う。
「ええと……わたしの部屋は狭いので」
狭い事もあったし、坊っちゃんの恵介が自分の安アパートを見たらどう思うか…とか、そんな事を考えたりした。
「部屋なら今から予約がとれますから、心配しなくていいですよ」
携帯を取り出し、今にもホテルへ予約を入れようとする恵介。佐奈は慌ててそれを止める。
「ま、まって!ホテルって……そんな、お金もかかるし」
断る理由が見つからない。
恵介と一緒にいたい気持ちは十分にあるのだけれど、二人きりの夜がどうなってしまうのか不安じゃないと言えば嘘になる。
「お金の心配も要りません。それとも、こんな大胆な計画を立ててしまって……佐奈さんに嫌われてしまったかな」
若干寂しそうな顔をし、パタリと携帯を閉じてしまった。
(傷つけてしまったかな?)
佐奈を喜ばせようと色々考えてのデートだった事は、今日一日付き合っていて分かった。それで、恐らく恵介もこのまま別れてしまうのは寂しいと思ったのだろう。もしかすると、ホテルに宿泊するというシナリオは無かった事だった可能性もある。
その証拠に、恵介は夜景を眺めながら沈黙してしまった。この先の展開を見失ってしまったようにも見える。
「今野くん……その、嫌いになったとかは全然ないよ?」
この場をどう取り繕っていいか分からなくて、佐奈はとりあえず恵介の気持ちを引き上げようとフォローした。
「でも、あまりいい気分ではないでしょう?」
「ううん。そんなことない」
落ち込む恵介の顔に笑顔を戻そうと、佐奈は必死だ。その様子を見ていて、やっと彼も微かな微笑みを見せた。
「じゃあ……僕の事、好きですか?」
「え?」
イレギュラーな質問だった。
「嫌いじゃない」イコール「好き」っていうのは、あまりにも白黒ハッキリさせすぎのような気もしたけれど、佐奈は小さな声で「うん……好きだよ」と答えていた。
結局……これは恵介の計算勝ちだったのだろうか。
佐奈は連れられるままに、高級そうなホテルの一室に足を踏み入れる事になってしまった。
ドキドキしながら部屋を眺めると、目の前に大きなガラス窓があり……ネオン街が眩しく光っているのが見えた。
「わぁ、ここからの眺めも展望台に負けないくらいね!」
思わず佐奈は純粋に驚きの声をあげた。
何十階もある高層ビルからの眺めだ。さっきとほとんど変わらないほどの絶景だった。
「気に入っていただけたなら嬉しいです。疲れたでしょう……苦しいものは脱いで、楽にしてください」
恵介は慣れた調子で室内の電気をつけながら自分の着ていたジャケットを脱いだ。
「僕は少し汗をかいてしまったので、ちょっとシャワーで流したいんですけど。佐奈さんが先に使いますか?」
ホテル側が用意してある高級そうなガウンを二着出して、恵介がそんな事を聞いてきた。
まあ……このまま眠るとなると、やはりシャワーは浴びなければならないだろう。しわになりそうなワンピースを着てきてしまった為に、佐奈もガウンに着替える必要があるようだ。
「いえ。お先にどうぞ」
年下の彼に完全にリードされたかたちの佐奈だ。もうこのまま組み敷かれて襲われてもおかしくない場面。なのに、恵介の紳士な態度は崩れない。
「そうですか。じゃあ……ワインでも飲んで待っていてください」
素早くラウンジに電話をし、白ワインとチーズの盛り合わせを注文する恵介。何からなにまでスマートで、今までにもこういう場面を経験しているのだろうと想像させるものがあった。
まあ、ホテル経営者の息子ならば当然ということもできるだろうけれど。
ザーっとシャワーの音が聞こえる部屋で、佐奈は落ち着きなくベッドに座ったりソファに座ったりウロウロしていた。
(どうしよう。どうしよう……心の準備ができてない!)
佐奈が嫌だと言えば、特別強引に事を進めるような恵介ではないのは分かっている。
でも、好きだという心を伝えてしまった今となっては……拒むのも不自然な感じがする。
「でも、だからって体の関係は!」
ここは年上の落ち着きを見せたいところなのに。どうも、こんな場面でも落ち着いているのは恵介の方らしい。
気持ちが楽になるかと思って、運ばれたワインをグーッといっきに胃の中へ流しこむ。
ジワーンとアルコールが体にまわるのを感じ始めた頃、シャワーを終えてガウンを着た恵介が現れた。
「あ、随分飲んだんですね」
デカンタに入っていた白ワインが半分になっているのを見て、恵介はちょっと驚いている。
「ん……でも、美味しいワインだわ。気分もいいし」
酔いがまわって、佐奈は普段は封印している本来の甘えた自分を覗かせた。ほろ酔いの中で見る恵介も、やはり王子様のように素敵で……その腕に抱かれるのはやはり嫌じゃないだろうと思ったりした。
「シャワー……使います?」
目がトロンとなった佐奈がちゃんとシャワーを使えるのか、恵介は心配している。
「大丈夫……大丈夫」
フラフラしながら、佐奈はバスルームのドアを開ける―――――
洋服を脱いだあたりまでの記憶はあるのだけれど、次に佐奈が目を開けた時、彼女はベッドの中にいた。
「私…?」
驚いて起き上がると、隣でウトウトしていた恵介も目を覚ました。
「あ、目を覚ましました?もう酔いは覚めたかな」
心配そうに佐奈の額に手をあてがって、顔の火照りがどうなったか確認している。
「佐奈さん、シャワー流したまま眠ってしまってて……すみません、勝手ながら介抱させていただきました」
「!!」
意職がハッキリしてきて、自分の体をまさぐってみると、しっかりガウンを着ている。
「今野くんが、着せてくれたの?」
真っ赤になりながら、自分のやってしまった事を死ぬほど後悔する佐奈。あろうことか……恵介にシャワーに濡れた裸体をさらしてしまったのだ。
もう穴があったら入りたいとは、こんな時に使う言葉だろう。
恥らう佐奈に対して、恵介は逆に落ち着いて微笑んでいる。
「……」
二人の間に微妙な空気が流れた。
これは、この空気は、確実に甘い時間が訪れる前触れだ。恋愛から遠のいていた佐奈にも、その事はハッキリと分かった。
「佐奈さん……」
恵介のすらっとした長い指が佐奈の頬をスーッと撫でる。
その感覚を震えが出るほど全身で感じながら、佐奈は流れに抵抗するのを止めた……。
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