二度めの恋は大胆に


2−5 砂糖菓子の夜

 どんなに年齢を重ねても、一歩踏み出すというのは、とても勇気の要る事だ。
 それが些細な事であっても、未来は誰にも予測なんて出来ない。それでも、佐奈はあえて聞きたかった。

“神様 この恋は 未来に繋がっていますか―――――?”

 恵一の整った唇が佐奈のそれと重なった。
 その瞬間、佐奈の心の中で何かが弾けた。
(キスって、こんなに心地いいものだったかしら……)
 広い…広い宇宙に放り出されたらこんな感じだろうか。佐奈の体を何か目に見えない癒しのエネルギーが駆けぬけてゆく。
 ゆっくり唇を押し付け、その後は少し離し、再び深くキスをする。
 2・3度同じような動作を続けているうちに、佐奈は自分の呼吸が浅くなってきている事に気付いた。
「佐奈さん……無理はしないでくださいね」
 ギュッと目を閉じている佐奈を心配して、恵一はキスを止めた。
「止めないで」
「え?」
 恵一が佐奈の様子を伺うと、彼女はそっと閉じていた瞳を開いた。
 涙で潤んだ佐奈の瞳。
「泣いてるじゃないですか」
「ううん。これは、何だろう……感動してるの」
 そう言って、佐奈は自分の涙をぐいっと拭いとった。
 体を重ねる事への不安が無いと言えば嘘になる。男性の体に触れるのだって何年ぶりなんだろう…という感じなのだ。だからこそ、恵一のキスが心地いいと思った自分の心に佐奈自身が驚いていた。
 最初に付き合った男性の事は本当に好きだった。
 それは確かなのに、キスがどんな感触だったかなんて……忘れていた。
(やっぱり、私は水を失ったサボテンみたいだったのかな)
 そんな事を思うほど、数回のキスで佐奈の心はウットリと満たされていた。
「私、今野くんを本当に好きになっちゃうかもしれない」
 心にブレーキをかけられるなら、誰だって失恋なんかしない。きっと、皆安全な道を行けるように細心の注意を払うだろう。
 それでも、恋というのは信じられない力で人の心に侵入してくる。これにブレーキをかけられるのは、本気になる手前で黄色信号を感じた人だけだろう。だって、佐奈ほど慎重な人間でも、恵一を好きになる事は止められそうもないのだから。
「僕はもうずっと前から佐奈さんに夢中だけど?」
 悪戯っぽく笑って、恵一は再び佐奈の唇を奪った。

 何度でもさらって……
 この波間に暗闇が落ちない事を約束して
 私はあなたとの時間に幸せを感じていたい ただそれだけなの
 だから この時間だけは 見えない未来を考えるのを止めるわ
 だって いつだって未来は私を裏切るんだもの
 甘い夢を見ていると 必ず涙の雨が降るの……
 そんな私に傘を差し出してくれるあなただから 多分後悔しない

 佐奈の真っ白な肌に手を伸ばし、恵一は少しだけ緊張した様子で胸に指を触れる。
 ピクンと佐奈の体は反応したけれど、特に嫌がる気配はない。それを確認して、恵一は思いきって両手で彼女のふたつの胸を優しく揉みしだいた。
「あぁ……ん」
 自然に甘い声が出る。佐奈自身もどうしてこんな声が出るのか分からない。
 ほとんど条件反射と言ってもいいだろう。
「佐奈さんの胸、すごく綺麗」
 大胆になった恵一が、さらにその先端の敏感な場所を口に含んだ。
「やぁ!」
 あまりの甘い刺激に、声がさらに大きくなる。でも、全く嫌な気持ちにはならなくて、口にするのは難しかったけれど……佐奈の体は明らかに喜んでいた。
 体を欲するのはどこか貪欲なイメージがあって、何か悪い事をしているような……そんな罪悪感に襲われる事が多かった。佐奈はそのイメージで恵一とのシチュエーションを受け入れていたのだけれど。
 今の佐奈は罪悪感どころか、何か神聖なものを感じている。
 好きな人の肌に触れるというのは、こんなに嬉しいものだったのか……と、まるでセックスをするのが初めてのような気持ちになっているのだ。
 恵一はどうだろうか。佐奈の肌に触れてどう感じているのだろうか。
 そう思って彼の様子を伺う。
 目を閉じた恵一は、丁寧に佐奈の胸に舌を這わせ、なるべく彼女が反応を強くさせる場所を探っているようだ。
 年齢に見合わない慣れた動作。落ち着き。そんな恵一の大人びた部分を、佐奈は安心の材料だと感じていて。逆に年下だからこそ甘えたくなるという不思議な感覚になっていた。
「けい…いち…」
 下の名前を呼んでみた。
 その響きが何故か心の底にジーンと響き……この世で一番美しい音のように感じる。
「なに、佐奈さん?」
 名前を呼ばれて、恵一は不思議そうに彼女を見る。その姿がやっぱり22歳の青年らしい感じがして、佐奈はクスッと笑った。
「ううん。これからは名前で呼ぼうかなって思って」
 佐奈がそう言うと、恵一はニコッと笑顔になり、「やっと名前で呼んでくれるんだ」なんて言いながら止まっていた愛撫を再開した。
 
 とろける感覚。
 恵一の指と舌が佐奈の敏感な部分を全てサーチしてしまった。
 もう逃げられない……というより、早く来て欲しいと思うほどに佐奈の体は熱くなっている。

「ねえ、すごい濡れてる」
 佐奈の秘部をなぞって、その潤いぶりをみせつけるように恵一は自分の指を彼女の目の前にかざした。
「やだ……いやらしいよ、恵一」
「ふふ。佐奈さんだって十分いやらしいじゃない」
 恥らう佐奈をくるんと回転させて、とうとう恵一は彼女の中に侵入する体勢になった。
 今までは夢を見ているような不思議な甘い空間にいたけれど、そこからは痛みが入るだろうと予想していた。以前の経験を考えても、ここから先は女性にとって苦痛な時間なのだと……佐奈は思い込んでいる。
 ところが。
 恵一がゆっくりと佐奈の中に入る。その時……キスの感覚とはまた別次元の快感が体中に走った。
「痛いですか?」
「ううん……」
 痛いかと言われれば、多少圧迫感があるのは事実だった。でも、それ以上に経験した事が無いほどの快感が佐奈の体を支配した。
 体の相性があるというのは聞いていた。
 でも、恵一とのセックスが気持ちいいのは、彼が佐奈の体を丁寧に優しく扱っているせいなのは間違いなさそうだ。自分本意な事は絶対しない。彼女が嫌がる事だったらすぐに止める理性を効かせているのが分かる。
(愛されてるって、こんな感じなのかな?)
 そう思えるような愛の営み。
 二度と恋などしないと頑なだった佐奈をここまで解放してしまった恵一。何故か常にリードしているのはずっと年下なはずの彼だ。
 愛する能力という点に関しては、もしかすると年齢というのは関係ないのかもしれない。
 そうでなければ、恵一のこの優しい行為はあり得ないほどだと言える。
「佐奈さんが気持ち良くなかったら、僕も気持ち良くなれないですから」
「恵一……」
 佐奈が苦痛を感じていないのを確認すると、恵一は少し余裕を失った顔つきになった。
 さすがの恵一もセーブできない領域に入ったようだ。
「いいよ、恵一。もっと私を好きにしていいよ」
 思わず口をついて出た佐奈の言葉。
 自分を優しく扱ってくれた恵一への、思いやりの言葉だった。
(もう我慢しなくていいよ)
 二人の目が合う。
 手をつなぐだけで赤くなっていた二人なのに、心の距離はもう随分近くにいた事が分かる。
「佐奈さん……ありがとう。好きだよ」
 そう言い、恵一は動きを早くする。
 彼の下で強く揺さぶられながらも、佐奈は嬉しさに震えていた。
 恵一との交わりが、明らかに佐奈の内側に革命を起こしていたのだ。

 恋はほろ苦い。

 恋は危険。

 でも……恋は、愛へ続く道筋になる事もある。

 そんな儚い夢を見ながら、佐奈は達したらしい恵一の体をギュウッと抱きしめた。


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