Smile! 新生活編


10−2. やっぱり妬ける

SIDE 聡彦

「飲み会!?」
仕事を終えて帰ってみると、菜恵が和彦をあやしながら普通に飲み会の話をした。
金曜日に歓迎会をしてもらう事になったから、その日は俺に和彦を迎えに行って欲しいというのだ。
和彦を迎えに行くのは別にいい。
今、仕事は落ち着いてるし早めに帰るのも問題は無い。
しかし…あの男密度の高い職場での飲み会とは、簡単に許せないものを感じてしまう。

「聡彦がいくら怖い顔したって駄目だよ。今回は仕事の一環なんだから。聡彦だって職場の飲み会は欠席しづらいでしょ?」
菜恵がいつになく強気だ。
『そんなに飲み会に出たいのか!?』…と言いそうになったけれど、これは我慢した。
メルマガでの予告に出ていた通りの事が起きた。
美人妻が男を含む飲み会に参加する場合

1. 頭が朦朧となるほど酔わない事
2. プライベートは話さない事
3. 帰りは送ってもらわずにタクシーで帰る事
以上の事を守るように強く念押しするべし…と書かれていた。

メルマガからの情報だという事は内緒にして、俺は早速その3つの約束を厳守するように言った。
「またそういう決まり事作るー…。本当に信用無いんだね」
菜恵がげんなりして、和彦を俺の腕にポンと渡した。
「ほら、こうやってあなたとの間には可愛い息子がいるのよ?この子の事を考えたら、私が何を大事にするかだいたい分かるでしょ?」
「それはそうだけど…。いたた!和彦、叩くなよ」
和彦が俺に抱かれるのを嫌がってバシバシと胸を叩いてくる。

悪かったな、息子よ。
俺はお前に母乳も与えてやれないし、優しい声で唄を歌う事も苦手だ。
しかも、お前は俺の最大のライバルなんだからな…もう少し大きくなったら、ママと結婚したいだのと言い出すのかもしれないが、それはシビアに「無理だ」と言ってしまうだろう。
ママは俺のお嫁さんなんだ。
だから、和彦はママに似た素敵な女性を見つけるしかないんだよ。

こんな事を心の中で思っていたけど、外から見たら息子を睨み付ける怖い父親だったかもしれない。

「とにかく!どういう命令をしてもいいけど、金曜日は和彦をお願いね」
有無を言わさない調子だ。
「分かった。じゃあ帰る時間は10時前厳守で。あ、それと今日はどうだった?」
思い出したぞ、朝の決まり事を。
菜恵はあわよくば、その事を俺が忘れてくれてればいいと思っていたようだ。
「男性職員と何を話したか…だっけ?雑談とか仕事関係とか、本当にいろいろだから覚えてないよ。仕事に慣れるのに必死だし、しばらくそういう無茶な注文つけられても真面目につきあってられないと思う」
夕飯を出してくれながら、菜恵はそっけなくそう言った。

まあ…これが普通の反応だろう。
付き合い初めの頃の菜恵は、ちょっと俺を意識しすぎて反抗する勇気が無かっただけみたいだし。
今の菜恵は、正直俺が相当怒っていてもあまり動じる気配はなくて、子供を産むと女性っていうのは肝がすわるのだろうか…と思ったりする。
実際、子供を育てつつ仕事もするんだから強くならざるを得ないんだろうけど。

「分かったよ。しばらく決まり事はお蔵入りさせる。ただ、飲み会に関しては絶対厳守だからな?」
譲れるギリギリのラインを提示した。
万が一11時をまわったりするような時間になったら、俺は和彦を背中にしょって菜恵を迎えに行くぐらいのつもりだ。
「飲み会の場所と、時間はきちんと報告しろよ」
「はーい。分かりました」
ものすごく適当な返事を返された。

……菜恵、話した男の数を数えてきていたあの頃のお前はどこへ行ったんだ。
あの頃は泣きそうになりながらも、俺のキスを受ける時はうっとりとした目をしていて、猛烈に可愛かった。
今も可愛いけれど、やはり大人の女ムードを出すようになっている。
俺はどうだ?
何か成長したか?

記憶喪失時代は沢村さんの事などで色々苦しい気持ちにもなったけれど、それを乗り越えても菜恵を独占したいという異常なまでの気持ちは全く衰える気配が無い。
成長の無い男だな…と菜恵に思われている気がして、若干気分が落ちる。

でも、菜恵はあの男前な如月の猛烈アタックにも応じないで俺を選んでくれた。
彼女が言っていた事だけど、「私、少し危なっかしい人の方が好きみたいなんだ」だそうだ。
危なっかしい男って、俺の事か?
否定出来ないのが悲しい。

和彦をベビーベッドに寝かせて、食事をすませる。
もう今日は何も話したくない気分だ。
何で俺ばっかりこんなに焦ってるんだろうか。
子供にまで妬くなんて、やっぱり普通じゃない気がする。

……病気か?

「どうしたの、聡彦。ご飯おいしくない?」
箸を止めて呆然としている俺を見て、菜恵が少し心配そうな顔をした。
「いや…。美味しいよ」
慌てて残りのご飯をかきこむ。
美味しいんだろうけど、今の俺はちょっと食事を味わっている気分じゃないのだ。

俺ってもしかしたら“異常性癖の持ち主”なのかもしれない。
だいたい…たくさん女性はいるのに、菜恵にしか性的魅力を感じないっていうのも男としてちょっとおかしい気がする。
やはり病気だ。
その可能性を感じて、ちょっと青ざめる。
こんな、医者でも治せないようなジャンルの人間だとしたら、俺と結婚した菜恵は不幸になるだろう。

菜恵、本当に俺でいいのか?

今更のように、そんな事を思ったりする。

「先にベッドに入るねー」
もうすっかり寝る支度が出来ていた菜恵は、和彦もぐっすり寝ているのを確認して寝てしまった。
まだシャワーも浴びてないし、食器の後片付けは俺の仕事だ。
仕事も少し残っていて持ち帰ってるし…やらなければいけない事は色々あるのに、俺はちょっと自分の事を振り返って、反省モードになっていた。

そういえば、和彦が生まれてから菜恵の肌に接触していない。
これが俺のやきもちに拍車をかけている気がする。
かと言って、毎日育児と家事に追われて疲れている菜恵に体を求めるのも可愛そうな気がして、いつも我慢している。

菜恵…、いつ君の肌に触れてもいいという日が来るんだろうか。
歪んだ愛情かもしれないけど、やっぱり俺は菜恵の事がいつでも心配なんだよ。
菜恵も俺を変わらず愛してくれているんだという証が欲しくて、俺はおとなげなく嫉妬しているのかもしれないな…。

食器を洗いながら、仕事を開始した菜恵を毎日心配しなければいけない自分の性格に、逆に疲れを予測する自分がいた。

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