Smile! 新生活編2


11−2 戻ってきた気持ち

SIDE 菜恵

和彦が最近聡彦になついている。
私が抱っこしていても、聡彦がいるとそっちに体をくねらせて抱っこされようとするのだ。
「なんだろ…俺が抱っこすると何かいい事でもあるのか?」
不思議な顔をしつつ、和彦を大事そうに抱える聡彦。
面白いくらいそっくりな二人。
「きっと聡彦の懐だと大きくて快適なんじゃないのかな。ねー、和彦」
そう言って和彦のホッペをつっつく。
まだ言葉は出ないけど、こっちの言っている事はだいぶ分かっているみたいだ。
「男の腕の中がいいなんて、子供って良く分からないなあ」
「でもさ、聡彦よりイケメンになりそうだよね。色白で目がきりっとしててさ…ああ、何だか小さな恋人が出来た気分」
そう言うと、聡彦は大人げなくムッとした顔をする。
「菜恵、いいか。和彦は遅くとも20年後には確実に菜恵以外の女を好きになるんだ。その時の事をよーく想像しておけよ?」
またいつもの意地悪が出てきた。
息子にも嫉妬する、独占男…聡彦。
そのくせに、最近梅木さんと何やら親しい行動をしているという情報が入っている。

私の勤める支社にも挨拶に来たけれど、梅木さんはちょっと迫力を覚えるほど身長のあるモデル系美人だった。
「あなたが舘さんの奥様?」
私の事は事前に知っていたみたいで、ダイレクトに声をかけられた。
「あ…はい。そうですが」
「お目にかかれて良かった。私が知っていた彼とは何か随分雰囲気が変わったから、どういう奥様なのかしらって思ってたの」
この言葉ってどういう意味だろうか。
私は梅木さんの言いたい事が分からなくて、ちょっと返事に困った。
「若い頃は可愛い部分もあったけど、今はさすがに子供まで持ったせいか渋い男の味を出してて素敵よね。後藤さんが羨ましいわ」
そこまで言ったところで上司が入ってきたから、話は終わった。

梅木さんが知っている聡彦は可愛かった。
そうか…今私に見せている顔を、その当時は梅木さんに見せていたということか。
そう思ったら、何か急にムカムカと面白く無い気分が出てくる。

渋い男の味とか、聡彦は出してるのだろうか?
まあ、確かに家の中にいる時だけは素になってるけど、会社では相変わらずクールだし。
結婚してるのに、結構「舘さんのファンなんです!」とか平気で言う女の子も多いし。
私は一緒に暮らしてるから麻痺してるけど、実は聡彦は相当カッコイイ系の男性だったのだ。

忘れるところだった……。

和彦が可愛すぎて、つい聡彦の存在が霞む時がある。
こういう事が繰り返されるうちに、浮気されたりするんだろうか。

                          *

「菜恵、何かすごく機嫌悪そうだけど…どうしたんだよ?」
夜。
私は梅木さんの事が頭から離れなくてイライラしていた。
聡彦は一度飲みで遅くなって以来、きちんと帰ってきてるし問題は無い。
ただ、職場でランチを一緒にとったり雑談したりのシチュエーションが多いという噂を耳にしてしまっただけなのだ。
それを規制してしまったら、私も聡彦と変わらない束縛女になってしまう。
「いいの、私には和彦がいるから」
「何だそれ?」
私がふてくされている事に、聡彦は相当不思議そうな顔をしている。
まあ、それだけ後ろ暗い事は無いっていう証拠なのかもしれないけど。

「良く分かんないけど、明日も早いし寝たら?俺、風呂に入ってくるから」
聡彦は私の機嫌の悪さを追及せずに、お風呂に入ってしまった。
何となくそのまま寝るのが嫌で、私は聡彦の本棚にあるアルバムを見たりしていた。
今までここにアルバムがあるのは知ってたけど、特に見たりした事は無かった。
でも、「若い頃の聡彦」に興味が出ていた私は、それとなく昔の彼を探した。

「あ…」
アルバムの間から落ちた写真。
それは、かなり若い頃の聡彦と梅木さんが海を背景に二人で仲良く写っているものだった。
多分…23歳とか、それぐらいの頃なんだろう。

聡彦は確かに今より可愛らしい顔をしていて、梅木さんは彼の肩に寄り添うように写っている。

「……」
私は嫉妬するタイプではない。
どちらかというと、ウトイというか。そんなに燃え上がるほど頭にきたりはしないタイプだ。
でも梅木さんの存在は、何故かどんどん私を嫌な方向へ追い詰めようとしている。

沢村さんの時とは違って、今回は完全に過去の話だ。
梅木さんも聡彦に対して妻子持ちの同僚として接しているのは分かっている。
聡彦だって過去の事を割り切って梅木さんと仕事をしているんだろう。

なのに、何だろう。この嫌な気分は。


「菜恵―!ボディシャンプーきれてるから詰め替えのやつとってくれない?」
お風呂からのん気な聡彦の声が聞こえる。
私は今見てしまった写真を慌てて元のアルバムに戻して、詰め替えが置いてあるストック棚に急いだ。
「買い置きこれで終わりだから、週末買い物つきあってね」
そう言って普通にお風呂のドアを開けると、聡彦が真正面に立ってボディシャンプーを受け取ろうとしていた。
「やだ!」
あまりにもあからさまな彼の裸を見て、私はシャンプーの袋を下に落としてしまった。
「え、ちょっと。どうしたんだよ」
落ちた袋を拾い上げて、聡彦は不思議そうに私を見た。
「ど、どうもしないよ。じゃあね、週末よろしく」
それだけ言って、私はそそくさとベッドに入った。

どうしたんだろう。
聡彦の裸を見て頭がパニックになるなんて……。
しかも私、相当顔が熱い。

良く分からないけど、梅木さんの存在のせいで、私は聡彦に恋をしていた頃の気持ちを思い出してしまったようだ。
何となく切ないような…苦しいような。
それでいて、彼の姿を見ると嬉しくて涙が出そうになるような。

そうだ。
これが最初に聡彦に抱いた気持ちだった。
どうしよう。
今更、聡彦に再度惚れてしまったなんて…彼に知られたくない。
梅木さんのせいで自分がパニックになっている事も、何となく面白くない。

こんな事件があったせいで、私はやたら聡彦を新鮮な目で見るようになってしまった。

                          *

数日後。
私の様子がおかしい事に、聡彦も気付きはじめた。
「菜恵…、何か最近よそよそしくないか?」
ベッドに入っている時、聡彦が私の体に触れようとするから、その手を思わず避けてしまう。
何か、何か恥ずかしいのだ。
「眠いの。今日は駄目」
「何だよ。菜恵から誘ってこない限り、俺は主導権無しなわけ?」
「ごめんね…本当に疲れてるから」
どうしようもない。
聡彦の顔を見るだけで、何故か心臓がドクドクするのだ。
裸なんか見たら、私が明らかに聡彦にときめいているのがバレてしまう。

別にバレてもいいのかもしれないけど、今更…っていう感じがして恥ずかしい。


私は聡彦と旅行に行ったりという思い出が少ない。
海を背景に写真なんて、一度も撮った事がない。
和彦が生まれたから、当然子宝の面では幸せだと思っている。
でも…聡彦も時々言うけど、恋人期間が少なかったせいでお互いまだ恋心を楽しまないまま結婚してしまった気もする。

そういうのを今まで私は気付かないできたけど、梅木さんという存在の出現で、聡彦の素敵さとか、カッコよさとか…そういうものを思い出してしまった。

「もういい。おやすみ」
聡彦がふてくされた調子で寝てしまった。

言えないよ。
聡彦に初めて恋した時と同じような状態になっているなんて。

言えない……。

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