Smile! 新生活編2


12−3 不機嫌な夫

「牧村秀樹…25歳。独身。彼女と別れたばかりの寂しいサラリーマン」
何かを読み上げるように、牧村くんの近況を語る聡彦。
「ちょっとー…そういう嫌味ったらしい事やるの止めてよ」
家に戻ったら何か言われるだろうと覚悟してたけど、やっぱりこの人の嫉妬はサッパリしていない。
何か…脂っこいラーメンみたいに絡みついてくる感じ。
一目惚れしたという牧村くんの彼女に、この聡彦の嫉妬癖を知ってもらいたい。
もしかしたら少しは幻滅するかも。

でも、私はこの嫉妬癖にすら惚れているのだから…手に負えない。

「俺はハッキリ聞いたぞ」
「何を?」
「後藤菜恵に興味があるのか?って」
うわ、やっぱり言ったんだ。
まさかと思ったけど、本当に言っていた。

牧村くん…そうとう怖かっただろうなあ…ごめんね。

私は心の中で牧村くんに謝った。

「あいつは“職場の女性の中では一番好きです”とか普通に答えたぞ」
「ええー…それは嘘だよ」
「俺の妻だと知っての言動だったから、それ以上は突っ込まなかった」
「そうなんだ」
私はゲソッとして、和彦が風呂上りに裸で走り回るのを捕まえてパジャマを着せた。
子育てしてるっていう自分が、25歳の年下から好意を寄せられている。
嬉しいけど…それを素直に嬉しいと顔に出したら、聡彦に何をされるか分からない。

「でもさ、聡彦だって牧村くんの彼女に何か言われたんじゃないの?」
私は反撃した。
牧村くんを諦めるのに時間がかからなかったという、彼の魅力はいったい何だったのか。
「別に…。何も言われてないけど?」
「嘘、じゃあ訪ねて来た彼女に何言ったのよ」
「そんなに彼氏が心配なら、家の柱にでも縛りつけとけ…ぐらいしか言ってない」
「ウソ!」
私は驚いて、思わずオムツを積み重ねてあったカゴに手をかけてズッコケた。
自分の夫とはいえ、初対面の女の人にそういうキツイ言葉が言えるあなたが分からない。
私はそんな事を思って、聡彦をまじまじと見上げた。
「だってそうだろ?浮気してるかもとか疑惑を持つぐらいなら、直接菜恵に行くのが普通だろ?ていうか…菜恵に行かれても困るんだけど。あれぐらい言わないと、あの人全然聞く耳持たない感じだったし」
そう言って、聡彦は疲れた顔でため息をつく。
私だってため息をつきたいよ。
女性にキツイ言葉を言ったが為に、逆に惚れられる男…聡彦。
この人は、甘い言葉をささやかない事によって自分の魅力を上げているのだという事に全く気付いていない。

「もう少し女性に対して優しくなった方がいいんじゃないの」
私がそう言うと、聡彦の顔がキッと鋭くなった。
「俺が浮気してもいいの?」
「は?」
「女性に優しく…って、そういう事だろ?菜恵は、もう俺の事をそれぐらいのレベルにしか思ってないの?」
話が変な方向にずれてきた。

私は今でも聡彦にときめきを感じます。
そして、彼に近寄る女性には最大限に警戒しています。
だからこそ、彼の魅力をひき立てる「クール&ニヒル&セクシー度数」を減らして欲しいと思っているのだ。

これ…本人に言っても通じなさそうだ。

「聡彦は浮気なんかする人じゃないよ…って思ってるから」
私はそう言って、何とかフォローした。
でも、聡彦は牧村くんが私に好意を持っている事を明らかにした事が相当面白くない様子で、機嫌が斜めのまま直らなかった。

喧嘩した夜ほど寂しいものは無い。
寝ている聡彦に色々いたずらしてみるんだけど、全然反応がかえってこない。
「……怒ってる?」
「怒ってない」
これは完璧に怒ってる証拠だ。

キラー聡彦。
君はね、知らないところで多くの女性を惹きつけているんですよ。
しかも、罪も感じずにそういう女性達を多分相当傷つけてきているはず。
それを一番知っているのは妻である私なんですからね。

私はあなたしか愛してないし…あなたが多くの女性に好意を寄せられるのをハッキリ言ってあまり知りたくない。
どうせなら、全然モテない人と結婚した方が楽だったかなと思うぐらいなの。

「…ウッ…ヒック…」
とうとう寂しすぎて、私はメソメソと泣いてしまった。
「菜恵!?」
さすがに私が泣きだしたのが分かって、聡彦は驚いて私の方を振り向いた。
「何だよ…泣くほどの事か?」
「だって、聡彦が冷たい。こんなのやだよ…ここしばらくずっとこんな空気なんだもの」
私は一連の牧村くん事件を振り返って、そんな事を言った。
聡彦も私が泣いたのを見て、プリプリ怒っていたのを止めた。

「ごめん、何か…菜恵が現役に女として魅力を発揮してるの知ると、まだまだ馬鹿みたいに焦るんだよ。和彦の事は見捨てないだろうけど、俺は所詮他人だし…」
そこまで言ったところで、私は聡彦の胸をバシバシと叩いた。
「馬鹿聡彦!!私があなたを見捨てるなんてあり得るわけないでしょ?和彦と比べようが無いぐらい、私はあなたの事が大好きなのに…何でそういう意地悪ばっかり言うの!」
泣きながら彼への思いをとうとう口にしてしまった。

夫婦になっても、まだ私達はこんな事をしている。
一生の愛を誓いあって結婚したのに…。
天にいらっしゃる神様もあきれているに違いない。

聡彦は私の両手をつかんで、優しくその両手にキスをした。

「あ…聡彦?」
「ごめん。相変わらずの嫉妬男で。でも、菜恵にそうやって本気で怒ってもらえると…逆に安心するよ。時々こうやって愛されてるのか確認したくなる。俺って…子供だから」

自分でも子供な事を認めているらしい。
私はやっぱり二人の男の子を育児しているのだ。

「もう怒ってない?」
「うん。それより、菜恵の体に触れたい」
そう言って、聡彦は遠慮なく私の体に触れてきた。
「男の人って、何ですぐそうなるの?」
私はまだキスとかして、まったりしたいのに…聡彦はすでにそういうモードに入っている。
逃れようとしても、強い男性の腕っぷしにはかなわない。

結局私達は体でのコミュニケーションをとる事になる。

「男ってさ…こうやって女性に体ごと受け止められてるのを体感しないと、いられない生き物なんだよ。言い訳っぽいけど、別に特別俺がいやらしい訳じゃないんだからな」
「ほんとに…言い訳っぽい…よ」
呼吸が出来ないほどに息が上がってしまい、私は少し汗をかいている彼の背中をギュット抱きしめた。
女だって…こうやって愛されてるのを体感すれば嬉しいよ。
聡彦の愛撫はとても優しい。
私が苦痛にならないように、いつも気を使ってくれてるのが分かる。

だから、結局私はどんなシチュエーションでも聡彦を受け入れてしまうって事だ。

愛してるんだから…しょうがない。

クースカと寝ている和彦のベビーベッドを見ながら、私はやっとホンワカした気持ちになって聡彦の胸に抱かれた。

「ねえ…」
私がそう問いかけると、彼は少し眠そうにしながらも微かに返事をしてくれた。
「ん、何?」
「あのさ、明日の夜DVD鑑賞しようよ。“紅の豚”レンタルしてきておくね」
「……うん」

やっと仲直りできた。

また喧嘩する日も来ると思うけど、私達はその度にお互いを少しずつ広い心で好きになってゆくのかもしれない。

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困った夫。
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