Smile! 新生活編2


13−2 複雑な女心

 新しく研修生として入ったのは生田美里(いくたみり)さんという子で、来年短大卒業予定の20歳だ。
 気にならないかと言えば、気になるに決まってるんだけど……こんな時こそ妻としての余裕を見せる時でしょう……と思って、わざと涼しい顔をしている。聡彦にも彼女の事は一切尋ねたりしていない。
 それでも思うところはあるから、ブログにその愚痴を書いたりした。
 まあ、特定の誰かが分かるものじゃなくて、単に最近ハッキリしない気持ちでモヤモヤするっていうような事を書いているだけだ。でも、こんな愚痴にもきちんと返事を返してくれる人がいて、自然にその人とは仲良くなった。
 相手は「ムーンライト」という名前の男性で、彼にも小さな娘さんがいる既婚者だということが分かった。
(既婚者なら問題ないね……娘さんの事も可愛がってるみたいだし)
 そう思って、私はムーンライトさんと毎日チャットするようになった。
 彼はだいたい娘の自慢話みたいな事を必ず入れつつ、会社での愚痴も少し言う。私も似たような立場だから、職場での不満を伝えたりした。
『ジェニーさんはこういう愚痴を旦那には言わないの?』
 こう聞かれ、少し答えに困る。
 全く愚痴を言わないわけじゃないけど、同じ会社の事を彼にあまりゴチャゴチャ言う気になれないというのと、今持ってる本当の不満は明らかに嫉妬。
 生田さんが実際どういう様子なのか、どんな子なのか、聞けばいいのに聞けない。変なプライドなのかな……。
『まぁ、旦那に言えない愚痴は俺が聞くし、これからもよろしく』
 こんな言葉をくれて、ムーンさんは無理に事情を聞いたりしなかった。
(なんかホッとする人だなぁ……)
 バーチャルとはいえ、毎晩チャットしているとそれなりに親近感は出てくる。あくまでも相手は仮想現実の住人なのに……。

 そんなある日、私があえて聞かないでいた生田さんの事を、聡彦が自分から語り……私はかなり驚いた。
「新人研修で突然入ってきた生田っていう子がいるの知ってるか?」
「あ、ああ……噂でちょっと聞いたよ」
 私は前もってかなりの知識がある事は伏せた。それが牧村くんの元カノだという事も知っているけど、聡彦はその事は私に言わなかった。
「何でここに入社したいのって聞いたら、俺がいるからだって言うんだよ。女のああいう発言ってどう扱っていいか分からん……どうすりゃいいんだ」
 聡彦なりに真面目に悩んでいる感じだったけど、私の気持ちは突然グラグラと揺れ出した。
「既婚者だってアピールした?」
「アピールも何も、指輪してるし……そこはあの子も分かってるみたいでさ。まぁ、仕事で認められるようになりたいっていう結論だったけど」
「ふ〜ん……」
 面白くない。
 私がアプローチされたりしたら、聡彦は尋常じゃない焼きもちを妬くくせに、こういう話はペラッと私に話してしまうのだ。
 いくら知らん顔していても、自分から話されたら私も黙ってはいられない。
「正直……生田さんの話を聞くのは不愉快だし、困ってるならきちんと理由を話して離れてもらったらいいんじゃないの?」
 冷たく言い放った私の言葉に、聡彦は少し驚いていた。
「ああ、そうだな……菜恵にとってはつまらん話だよな。悪かったよ……じゃあ、俺は先に行くから」
 気まずそうにしつつ、聡彦は一足先に会社に出た。
 私は和彦を保育園に預けてから行かなくてはいけないから、のろのろしている暇はない。
(何で?なんで朝からこんなイライラさせられて、おまけに家事も育児も仕事も……全部私なわけ?)
 今まで何も考えずにやってきた事に突然不満がつのった。
 生田さんは若い子で、それなりにパワフルだろう。でも、そんな女の子の気持ちをサラッとあしらえないような聡彦じゃないはずだ。悩んでるところを見ると、聡彦なりに生田さんには目をかけるものがある……私はそう思った。
 仕事で光るものがあるのかもしれない。
 聡彦は私情と仕事を完全に分けて考えられる人だから、生田さんがちょっと困る事を言ってもそれを帳消しにするような仕事をすれば印象は上がるのだ。

「……何だろう、ものすごく嫌な気分」

 浮気されたわけでもない。
 彼の方が忙しいから私が家事を担当するのも話し合いで決めた。
 だから、私が今聡彦に文句を言う権利などない……。

 でも―――――。

 女の心は複雑怪奇で。自分でもこの気持ちをどうコントロールしていいか分からない。
 嫉妬は苦しい。
 信じていれば苦しまなくていいと思ってきたけど、信じる事とは別に……聡彦に並々ならぬ好意を抱いている女性が身近にいるという事実が私を苦しめる。
 私が悲しい顔をしていたからか、和彦が頬をペタペタと叩いた。

「そうだね、ママが悲しい顔してちゃいけないよね」

 和彦に笑顔を見せ、私は深呼吸一つと共に保育園に向かった。



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