Smile! 新生活編5



14−1  夏の暑さに花火はいかが? SIDE菜恵

 7月。
 真夏の気配を見せてきたこの頃、うだるような暑さの中……それでも仕事へ向かう。
 週末は義両親のところへ行く予定で、元気な嫁ぶりを見せたいというのもあって、少し気合が入っている私。
「おはようございまーす!」
 空元気ながらも、職場を明るくしようと声を張り上げる。私よりずっと若い受付嬢である後輩は、ちょっと驚いた顔をして私を見た。
「菜恵先輩、めっちゃ元気ですね」
「暑さで参ってたら子育てなんかできないわよ!」
「あ、そっか。菜恵さんって舘さんと結婚されてるんでしたね……お若く見えるから忘れちゃいますよ」
 こんな嬉しい事を言ってくれる後輩の事は特別可愛く見えてしまうのは人間の情というものだろう。目が大きくて少し身長が小さい彼女は、ちょっとしたマスコットキャラクターのような存在だ。
他の同僚や先輩は皆寿退社で……古株と言われる立場になってしまった私としては、若い新人の子と仲良くするのは大事な仕事でもある。
「紺野ちゃん、今日ランチおごるよ」
「えっ!本当ですか?」
 気前のいい先輩ぶりを見せたくて、こんな事を口にしてしまった。今月財布がピンチな事をすっかり忘れていて……フレンチを約束させられた。
 それでも暑さでぐったりした思考をクリアにするにも、紺野ちゃんの若いパワーをもらうのは楽しい事だった。

 午前の仕事はあっという間に過ぎ、約束していたランチタイムが訪れた。
 紺野ちゃんは制服から素早く私服に着替え、お化粧直しまでしている。コスチューム姿で外に出たら周囲の目を奪うから着替えなくちゃいけないのがちょっと大変。
「あー何食べようかなぁ。お肉も食べたいけど、日ごろは食べられない魚っていうのもいいですよね。あ!グラスワインも頼んでいいですか?」
 無邪気に言われると断れない。
 仕事中……昼からだけど、まぁワイン一杯くらいならいいかと思って、それもOKした。

 レストランは、職場から15分ほど歩いた場所にある。
 カンカンに照りつける日差しの中を潜り抜け、ようやくレストランに到着。中に入ると、ほどよく冷房が効いていて、ホッとため息が出る。
 上品な仕草でウェイターが席に案内してくれて、私たちは眺めのいい席に着く事が出来た。
「あ、このガラスUVカットされるものですね。全然暑くない」
「言われてみると……日差しはすごいのに、熱を感じないね」
 さすが有名フレンチレストラン。
 客が不快になる事は徹底的に排除しているみたいだ。
 
 予定通り、紺野ちゃんは魚料理を頼み、私は肉料理を頼んだ。ワインは彼女に合わせて白のグラスワイン。
 ちょっと悪い事してる気分でドキドキするけど、それもまただらけかけた気持ちを引き締めてくれる。
「あの……菜恵先輩。今年、舘さんと花火とか行くんですか?」
「え、花火?」
「はい、私、彼氏と行く予定なんですけど……隅田川にしようか、立川にしようか迷ってるんです〜」
 言われてみると、私は聡彦と花火なんて行った事がない。
 浴衣とか着て彼と歩く……ちょっといいかも。
「でも、息子がいるから大変かな」
 実際、人ごみの中和彦を抱っこしながら歩くのは想像しただけで疲れてしまう。
 でも、紺野ちゃんはそんな不安を払しょくするように笑った。
「夫婦もたまには恋人気分味わわないとー!」
「恋人気分!?」
 目を丸くしている私を見て、彼女は運ばれてきた前菜を少しつまみながら笑顔を見せる。
「息子さん誰かに預けて、夫婦でデート。……悪くないと思いますよ?」
「紺野ちゃん、あなたって本当に行動的ね」
「だって、毎日暑い暑いって言ってクーラーの効いた部屋でグダグダするのももったいないじゃないですか」
「……そうだね。確かに、そうかもしれない」
 キンと冷えた白ワインを喉に通し、今年の夏はちょっと特別にしてみようかな……なんて思えてきた。
(夫婦でデート……考えてもいなかったな)
 結婚してからは、買い物程度は一緒に行くけど……イベントにちなんで二人きりになるなんてシチュエーションはなかった気がする。
 紺野ちゃんを見ていると、何だか花火大会がとても魅力的に感じてきて……私の心は夏色に染まっていった。

「花火?」
 私が花火大会に行きたいと口にしたとたん、聡彦はちょっと表情を曇らせた。
「あ、人ごみとか嫌いだった?」
「いや……そういうんじゃないけど」
 彼にしては何だか歯切れの悪い返事。行きたくない訳じゃないけど、気が進まない……そういう雰囲気だ。
「花火に何か嫌な思い出があるとか?」
「――――っ!」
 図星だったのか、聡彦はめずらしく顔色を変えた。
「……何もない。ただ、少しだけ遠慮したいっていう気持ちはあるよ」
「何それ?」
 意味の分からない言葉だったから、私は単純に彼が花火大会へ行く事にNOと言っている意味を探ろうとした。
 でも……彼は貝のように硬く口を閉ざしてしまい、何故花火大会に行きたくないのかは分からなかった。


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