Smile! 新生活編5
14−2 浴衣デート計画 SIDE菜恵
聡彦が気がすすまないと言っても、私の花火に対する熱は冷めなかった。
というより……“夫婦でデート”という響きが耳に残ってしまって、久しぶりに独身時代みたいに聡彦にベッタリ寄り添って歩くのを夢見てしまう。
「ニヤニヤして、何読んでるんだよ」
「あっ……!」
シャワーを浴びていると思って、油断して浴衣の雑誌を広げていた。
そんな私を睨む聡彦の髪からは、ポタポタと髪から水が落ちている。
「ちょっと、いくら夏だからってそんなびしょ濡れじゃあ風邪ひくよ」
慌ててソファを立ち上がると、彼は私の言う言葉を無視してぐいっと手にしていた雑誌を奪った。
「あ」
「何だこれ……浴衣特集?」
私がコソコソしている事に対しては異常に鼻の効く聡彦。今回も例に洩れず……だ。
「ずっと浴衣とか着てなかったし。久しぶりに着てみたいなって思って」
「ふーん。菜恵ってコスプレすると別人になるもんな〜……」
バサリと雑誌をテーブルに戻して、いかにも興味なさげな態度をとる。こういう“ツン”な仕草の時はたいてい“相当意識している”という裏返しだったりする。
(伊達に毎日ツンツン男と暮らしてないわよ)
これくらいの意地の悪い言葉ではビクともしなくなった私。逆に聡彦が私の浴衣姿に興味を持ってくれているのかと思って嬉しくなったぐらいだ。
「そうなの、私ってコスプレ好きでね。今の自分と違う人間に変身するのって快感なんだよね」
「そう……さぞかし気分がいいんだろうな」
「うん、最高だよ。聡彦も思い切って浴衣着てみる?風流だよ」
一緒に浴衣を着て歩いたら、最高にロマンチックだろうなと思って言ったのに、聡彦の機嫌は悪くなるばかりだ。
「興味ない」
それだけ言って、さっさと寝室に入って行ってしまった。
(何よ、ちょっとぐらい話に乗ってくれてもいいじゃない)
子供みたいに口をとがらせて、もう一度雑誌を手にとってパラパラとめくる。
若いカップルが楽しそうに団扇を手にしながら歩いている写真が目に入った。
「いいなぁ……」
急激に聡彦とデートしたい気持ちが大きくなる。彼の態度を見ていたらそれを実現させるのがとても厳しいのは分かるんだけど……私は恋人気分になれるシチュエーションを求めてしまってる。
週末。
予定通り、聡彦のご両親のところへ遊びに行った。
なかなか顔を出す機会が無いから、和彦を心待ちにしていた様子の義両親は、車が到着すると同時に家から飛び出してきて歓迎してくれた。
「あらあら、久しぶりね!カズくん、また大きくなったわね」
「ご無沙汰しております」
ちゃんと嫁をやらなくちゃと思うと肩に力が入るんだけど、それも必要ないかなと思えるほど彼らの目には和彦しか入ってないみたいだった。
「聡彦はちゃんと父親やってるのかしら〜……菜恵さんがしっかりしてるからお任せしてるけど」
「いいえ、お互い仕事があるので。協力して何とかやっております」
「そうなの?忙しい時はいつでも和彦預かるから言ってくれていいのよ」
(え、チャンス!?)
お義母さんの言葉に、思わずテンションが上がる。
和彦を預かるのを嫌がるどころか、お義母さんたちは和彦を是非預けてくれと言わんばかりの可愛がりっぷりだ。
「でも、ご迷惑じゃ……」
「とんでもないわよ。あなたたち、お休みだってゆっくりとれてないんじゃない?私たちなら、いつでも和彦を預かるわよ。遠慮しないで言ってちょうだい」
ニッコリ微笑んで、和彦のつるつるした頬にキスをするお義母さん。お義父さんも遠慮がちに和彦の頭を撫でている。
(これは……本当に預けてもいい感じだよね)
そう思って聡彦を見たけど、彼は特にそれに対して嬉しいようなそぶりは見せない。
まぁ、自分の両親の前ではいつもよりさらにムッツリしてしまう人だから……仕方ないんだけど。
聡彦の同意を待っていたらいつになっても私たちの休暇はやってきそうになかったから、私はお義母さんとの雑談中に花火大会に重なる連休に和彦をお願いするという約束をとりつけた。
「え、何でそんな約束してんの?」
帰りの車でいきなり怒られたけど、私はペロリと舌を出して誤魔化した。
「聡彦とふたりの夏を過ごしたいの……駄目かなぁ?」
「……駄目って訳じゃないけど。花火大会なら遠慮したい」
私のもくろみを知ってるかのような言葉。
何故彼がここまで花火大会を嫌うのか……意味が分からない。
「花火嫌いなの?」
「いや、花火が嫌いなんじゃなくて……」
「じゃなくて?」
「……」
それっきり黙ってしまった聡彦。
この日はそれ以上彼から気持ちを聞くのは無理で……私が密かに計画している“浴衣でデート”の計画はもうすでに倒れかけていた。
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