Smile!
2-2
 ツンツン男

「はい」
私からのコールだって分かってるのに、ぶっきらぼうにそれだけ言って聡彦が電話に出た。
「あ、私。携帯に連絡くれてたんだ。今までそういうのなかったから全然チェックしてなくて。ゴメンね。何か用事あった?」
なるべく王子の機嫌を損ねないよう気を使う使用人のように、私は控えめにそう言った。
すると聡彦はしばしの沈黙の後、
「今からそっち行くから」
とだけ言って、一方的に通信を切ってしまった。

明らかに怒っているっていうか、ムカついているという雰囲気だった。

聡彦のアパートから私のアパートまではチャリンコで15分程度しか離れていない。
歩くと40分ぐらいかかちゃうんだけど、多分彼はチャリで来るはずだ。
車の運転は出来るけど都会では必要ないから、持たないと言っていた。
こだわり派の彼だから、どうせ車を持つなら憧れているものがあるみたいで、それが買えるぐらいのお給料になるまで待っているみたいだ。

携帯の通信が切れて10分ほどで玄関のチャイムが鳴った。

「はや!」
私は聡彦の訪問がめちゃくちゃ早いことに驚きながらドアを開けた。

「何でインターホンで確認しないで出てくるの」
私が顔を見せたとたん、いきなり怒られた。
「いや、だって今頃来るなんて聡彦だけだし」
「じゃあ玄関に誰が立ってたか確認した?」
ドアには外を覗き見られるレンズがついているけど、私はそれを確認した事は一度も無い。
「ううん。聡彦だって分かってるのに何でいちいち確認する必要あるの」
そう言ったら、いきなり軽く額をこづかれた。

「変な奴だったらどうすんだよ!ここは一応東京なんだから、菜恵の田舎と同じ感覚でいたら偉い目にあうぞ?」
真面目に怒られて、私も軽く反省した顔を見せた。
確かに私の故郷の岩手では、玄関開けっ放しで出かける人とかもいるし、お互い近所で顔見知りだから怪しい人間がいればすぐに目に付く。
そういう環境で育ったせいで、危機感が薄いのは否めない。

「まあ、上がってよ。一応まだ座れるスペースはあるから」
私の部屋はまた荒れていた。
読みかけの雑誌は床に広がったままだし、脱いだり着たり面倒だから良く着る服は壁にひっかけてあるし、漫画の描きかけが机に広がっていて…最悪な光景だ。
「この前より相当荒んでるな」
部屋の汚さに、聡彦もちょっと怒るのを忘れたみたいに驚いていた。

「あは、これが私の本当の姿です。オタクの部屋大公開!」
お笑いに話を流そうと、私はわざと明るくそんな事を言った。
ブラックコーヒーが好きなのは分かってるから、私は何も聞かないでコーヒーの準備を始めた。
ヤカンを火にかけて、豆をゴリゴリひいてる私を見ていた聡彦がたまらないように声を発した。
「菜恵!」
…と、やや怒ったような声で私の名前を呼んで睨んでいる。
私の豆をひく手も止まった。
どうやらゆっくりコーヒーを飲んでるっていう気分じゃないみたいだ。

「どうしたの?急に会いたいとか言って。今まで休日はお互いフリーに過ごそうとか言ったの聡彦だよ。ルール破ったの今回は聡彦だからね」
「とっくにルールなんか崩壊してるだろ」
確かに。
私は好きにメールを彼に返すようになっていたし、以前ほど気を使ったりしなくなった。
男性との会話の数もかぞえなくなっていて、結構自由な気分を満喫していたんだけど。

「誰…あれ」
「は?」
いきなり“誰”と聞かれても何の事か分からない。

「さっきまで一緒にいた男だよ。誰なの、随分親しげだったけど」
あ、もしかして健太の事?
すぐにそれが思い当たって、私はクスッと笑ってしまった。
「何が可笑しいんだよ」
いつもの冷静な彼じゃない。
少し顔が上気しているようにも見える。
「だって、聡彦が焼きもち妬いてるみたいに見えるから。あれはオタク仲間の健太だよ」
やっぱり外から見ると、健太と私って相当仲がいいように見えるのかな。
にしても、その場で何も言わないで、こういうふうに遠まわしに探ってくるのが聡彦らしいね。

「妬いてなんかねーって。自分の所有してる車に勝手に乗られた気分になったから、聞いてるだけだ」
無茶な理屈で自分の焼きもちを正当化しようとしている。
「聡彦は所有してる車何台あるの?」
私はいい機会だと思って、恋人が本当に私一人なのか確かめようと思った。

これが余計な一言になった。

「菜恵は何台も所有してるみたいだから俺も言ってやるよ。3台所有してて、菜恵はその中でも最下位だよ」
「え?」
最初は嘘をついてるんだと思って、私は笑顔を消さないで頑張った。
私が健太と何も無いのは事実だから、後ろ暗い事なんかない。
でも、聡彦には3人恋人がいて、私が最下位?

健太の言った言葉が現実になってしまい、私は目の前がクラッとするのを感じた。

「嘘だよね。私は聡彦しかいないよ?」
真面目な顔になって、私は聡彦の言葉が嘘だって訂正して欲しくて詰め寄った。

「当然だ。菜恵は俺のものだし、あの男がもしセカンドカーだったら速攻で別れてもらうつもりだった。菜恵はどうする?あと二人を蹴散らす気ある?」
「……」
思わぬ事態に、私の心はパニックだった。

普通付き合うって言ったら、本当に心を通わせた人が一人いればいいはずだ。
でも、男性って多数の女性から好かれてる状態が好きな人もいるみたいだし。
聡彦は変わり者だから、そんな器用にたくさんの女性と付き合えるとは思ってなかったんだけど…そうか、私はサードカーだったのか。

いつスクラップになってもいい程度のどうでもいい存在。

本命とセカンドの女性を蹴散らせるかなんて聞かれても、私がそういうタイプの人間じゃない事ぐらい聡彦だって分かってるはずだ。

ヤカンのお湯が沸いて、湯気を出していたから、それを黙って止めた。

ひどい人だ。
せっかくインフルエンザになって彼の愛情を確認したつもりだったのに、曲がった彼の心はストレートに私の好意を受け取ってはくれてなかったのか。

聡彦に対する怒りより、振り回されてる自分が笑えた。
勝手に涙がこぼれてきて、床にぽたぽたっとその雫が落ちた。
私が泣いたのを見て、聡彦も少し我に返ったような表情になった。
「菜恵…」
名前を呼ばれて、何かまだ声をかけてきそうだったけど、私は差し出された手を強く弾き飛ばした。

「帰って!嘘つき、裏切り者、最低男!!」
ありったけのひどい言葉を言いながら、私は聡彦をアパートの外に追い出した。

知らない、知らない。
あんな勝手な男知るか!
浮気男め、どんだけ女性をその気にさせてきてるのか知らないけど…私は一応最低限のプライドはあるつもりだ。
3番目だなんて言われて、それに甘んじてるほど聡彦に夢中なわけじゃない。
自惚れないでよね!

心の中で聡彦を思いっきり責め立てて、ドア越しに泣き崩れた。

健太との事はすぐに言い訳する事が出来た。
聡彦が単純に彼との事を誤解して妬いてくれたんだったら、逆に嬉しいぐらいだった。

なのに「所有する車」とか言われて、しかもそれが3台目だなんて…。

これで休日に彼が私と会わない理由も、好きだとか愛してるとか言わない理由も分かった。
本命じゃないからだ。
彼には本当に好きな人が別にいる。
だから私なんかいつスクラップになってもいいんだ。

こんなに頭にきたのは何年ぶりだろう。
それぐらい私は怒っていた。
3ヶ月彼のからかい半分の命令に正直に従ってきて、そこからようやく本当の恋人らしくなったなって思ってたった1ヶ月。
トータル4ヶ月しか付き合ってない人だけど、その間に振り回された私の心を考えると何だか自分が可愛そうに見えてきた。

ツンツンデレでもいい。
ツンツンツンデレでもいいんだよ。
私が一番で、私だけを愛してくれているなら、それでいいって思ってたよ。

時々とんでもなく甘く接してくれたら、それだけで私は幸せだって思っていられるぐらい聡彦を好きだった。
だから、余計腹が立った。

もう二度と彼からの電話に出るもんか。

Smaile2-2 END

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