Smile!

4−1 ツン復活!

八木さんとちょっとした寄り道をした。
突然だったし、断りようのないパターンだった。

何故なら、私が八木さんの用事に付き合って社用車で出かけていた時の事だったからだ。
「このまま会社に戻るのもつまらないし。ちょっと寄り道しようか」
「え、でも」
「僕と一緒は嫌?」
八木さんと一緒で嫌なはずがない。
こんな素敵な人と一緒で、普通に車に乗ってるだけでも結構緊張している。
でも、こういう気持ちになってる事だけでも聡彦に知れたら殺されそうな気がして、焦る。

「近くに大きなショッピングモールがあったと思うから、あそこでちょっと歩こうか」
有無を言わさない調子で、ハンドルを握っている八木さんのペースでショッピングモールへと入る事になってしまった。
まあ、ここなら誰かに見られる心配もないし。
私はあまり心配しても意味が無いと思って、少し仕事をサボれるっていう程度の軽い気持ちで八木さんの言葉に乗ってショッピングモールを歩いた。

「あ、ここのアイス美味しいよ」
そう言うが早いか、彼は速攻で美味しそうなトッピングされたアイスを買ってきてくれた。
「ありがとうございます」
私は甘いもの大好きだから、ダイエットという名前は聞かない事にしている。
結構大きかったアイスだったのに、私は10分ほどでそれを食べ切ってしまった。
「すごく美味しそうだったね」
私の食べている顔を見て、八木さんは嬉しそうに微笑んだ。
「ご馳走様です。すごく美味しかった…です?」
何故か私の頬に彼が手を伸ばしてきたから、驚いた。
フイッと私の口の横を撫でて「チョコ…ついてたよ」と言った。

このスマートな動き、言葉、相当女性慣れしているな…という感じがした。
柔和な性格を醸し出しているけれど、この人の手にかかったら恋に落ちるのに時間は要らない気がする。
聡彦みたいに相手を威嚇して愛情表現するっていうのは、論外で…。
あの人の場合、明らかに不器用なタイプだ。
好きになればなるほど、態度がSになってゆくという…。

それに比べたら八木さんのスマートさは、少し新鮮だった。
アイスくらいで心が揺れたわけじゃないけれど、悪い気分でなかったのは確かだ。

                         *

「甘い匂いがする」
夜、キスをしようと口を近づけた聡彦が唐突にそんな事を言った。
私は驚いて体を離す。
「何で逃げる?」
「だって…何か変な事勘ぐってるから」
私は夕方に寄り道して食べたアイスの味がまだ口に残ってるなんてあるわけないのに、それが気になってちょっと挙動不審になっていた。
「……菜恵。何か隠してるだろ」
「してないよ」
「お前は嘘つく時目線そらすから、すぐ分かるんだよ」
さすがストーカー並の観察眼。
私の行動心理まで読めているらしい。

「ルール違反したんだな?全部本当の事を言えば許してやる」
結局この人は、こうやって俺様な態度を崩さない。
正直に言わないと、嘘がバレた時の方が怖い。
そう思って、私は素直に八木さんと仕事帰りにアイスを食べたと言った。

聡彦の顔色が変わる。
やだ、怖い。
確かに「ルール2」と「ルール3」に反かもしれないけど、実際それほど重要な裏切りをした訳ではない。
なのに、聡彦は完全に怒りモードに入っていて、それっきり口を利いてくれなくなった。

朝起きた時も、すでに聡彦は出かけてしまっていた。
テーブルに置き手紙がされていて“しばらくあっちのアパートに帰る。菜恵からの連絡は一切受け付けない”と書かれていた。

「あー…、八木さんとアイス食べただけでこれかあ。キスぐらいじゃ許してもらえないんだ」
私はガクッと首を垂れた。
せっかく最近うまくいっていて、お互い変な疑いとか持たないで過ごせていたのに。
私が悪いんだろうか。
仕事のついでに立ち寄ったアイス。
逆のパターンを考えよう。
聡彦が企画の女性とアイスを食べる……。あり得ない。
そういう絵が全く思いつかない。

でも、こんなに怒ってしまったのを考えると多少落ち込む。
どうやって彼のご機嫌を戻したらいいのか分からない。
怒りがおさまるまでじっと待つしか無いんだろうか。

暗い気分で会社に向かう。
八木さんは全くいつもと変わらない調子で私を見つけてニコッと笑顔になった。
「おはようございます」
「…おはようございます」
私の挨拶がテンポ悪いから、彼は一瞬変な顔をした。
「どうしました?顔色悪くないですか?」
「いえ、元気ですよ。大丈夫です」
お願いですから、私に近付かないで下さい。
それだけでいいんです。
私は心でそれだけ思っていた。

そうだよ、受付は私だけじゃないんだから、八木さんは沙紀を誘えばいいのに。
沙紀だって八木さんの事結構気に入ってるんだから。
そう思って、私は余計なお世話と思いつつ、八木さんが一人で作業しているところに近付いてそれとなく沙紀の事をアピールしてみた。

「え、木本さんと?」
「はい。たまには沙紀を交えて飲んだり…どうでしょうか」
二人きりでっていうのは、いきなりは無理だろうから、私が橋渡ししてやろうなんて思っていた。
すると、八木さんは少し困った顔をした。
「…実は、木本さんには先日誘われたんだよ。でも、お断りしたから…ちょっと気まずいかな」
「え、そうなんですか?」
驚いた。
沙紀は何も言ってなかったし、いつも通りだ。
あの子は結構プライドが高いから、断られたなんて言いにくかったのかな。

「昨日の僕の態度で何か感じなかった?」
唐突に八木さんは話を切り返してきた。
「え?昨日の?アイス食べた…あれですよね」
「それです」
私は嫌な予感がした。
いや、好かれるのは嫌じゃない。でも、今は全くモテたいとは思ってなくて、どちらかというと離れていて欲しいと思っているぐらいだ。
これ以上聡彦を怒らせたくない。
でも八木さんは私が聡彦と付き合っているのを知っていた。
「可能性が薄いのは分かってる。企画の舘さんに直接釘刺されたから」
「え、本人が?」
「ええ。今朝唐突に言われましたよ。“女には不自由してないんだろ”…って。彼、後藤さんと付き合ってるんですよね」
なんてこと言うのよ、聡彦!!
「す…すみません。昨日の事話したら、ちょっと誤解されちゃって」
聡彦がダイレクトに八木さんに何か言うとは夢にも思ってなくて、私はかなり焦った。
それと同時に、あれしきの事でこんなに腹を立てる聡彦にもちょっとうんざりした。

好きなんだけど、ちょっと重い。
聡彦の気持ちが大きすぎて…支えきれない。

私の心は、こんな感じで揺れ動いていた。


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