Smile!

4−2 浮気

SIDE 菜恵

沙紀がどことなくよそよそしい気がした。
八木さんが誘いを断った事と関係があるんだろうか。
私は聡彦とも最悪になっていて、沙紀ともやや不安定な関係に…。

八木さんが下手に人気があるから、余計混乱する。
私は決してモテるタイプでは無い。
どちらかというと、ハッキリした美人の沙紀の方が社内にファンが多いし、絶対狙ってる男性も多いはずなのだ。
なのに…沙紀が気に入った人は私を気に入ってくれたらしく、人の心は動かせないものなんだと実感した。

聡彦はあれっきり口を利いてくれず、携帯にも連絡は入らず、私からのメールは着信拒否でリターンされてきた。
何に対してそんなに怒ってるのか…不思議になる。
信用されてないっていうのが一番大きい。
人間の心はコロコロ変わるものだと思ってるんだろうか。
私を見ていて、オタクだって知ってるのに。ハヤトにあれだけ入れ込む私の性格が分かっていれば、そう簡単に心が動く人間じゃないって分かってくれてもいいのに。

私の心の中には不満が溜まりに溜まってきていた。

別れた訳じゃないけど、3週間も音信不通だと、もうふられたのかなって思ってしまう。
だから、私は八木さんに仕事が終わってから食事を誘われたのを断らなかった。
沙紀は八木さんは駄目と判断するのが早く、すでに違う恋人を見つけて今日はデートだ。
そのおかげで、彼女も私に対する態度が少し和らいでいる。

そう考えると…人間の心も不安定なものだなっていうのは納得する。
でも…でも。
私と聡彦は片思い同士じゃない。
ちゃんと愛情を確認しあった仲だ。
彼は私の体を大事にしてくれて、最後の体の関係まではいってないけれど…肌を合わせて抱き合った事は何度もある。
恋人だ。
聡彦は、私の心から愛する恋人なのに…。

落ち込む私を励ますように、八木さんが明るくなるように色々話題をふってくれていた。
私は串焼きをムシャムシャ食べながら彼の話を聞いて、時々笑ったり相槌を打ったりしていたけど、心は完全に上の空。
それに気が付いて、八木さんはちょっと寂しそうな顔をした。
「後藤さん、全然心ここにあらずって感じだね」
「あ、ごめんなさい。ちょっと疲れてるのかな」
私は慌てて自分の態度の悪さを反省した。
いくら何でも、自分を好きだと言ってくれている人の前で恋人の事を考えるなんて失礼すぎる。
「僕は全く可能性ないのかな?」
困った顔でそういう事を言われると、私も苦しい。
八木さんの性格も、ルックスも、お話も…全部好ましい。
嫌いな要素なんか何も無いのに、心から求めているのはあの悪魔みたいな性格の悪い聡彦だ。
八木さんと付き合った方がずっと幸せになれそうなのに、聡彦に感じる惹きつけて離さないという魅力は感じない。
「私、ちょっと趣味がおかしいんです」
聡彦が聞いたら相当怒りそうだったけど、私はそんなふうに八木さんの好意を受けられない事をそれとなく伝えた。
「……だね。ちょっと趣味悪いね」
まさか八木さんが聡彦をダイレクトに悪く言うとは思わなかったから、私はビックリした。
いつもは柔和な笑顔をたたえている彼が、ちょっとクールな顔になっていた。
「舘さんは確かに後藤さんを捕らえるのに十分な魅力があると思うよ。でもね、恋愛ってルール無しなんだよ…今僕と君が一緒にいる事だって法律には触れない。同じように彼が誰か別の女性と会っていてもそれは罪ではないんだよ」
そう言って、彼は私の後ろに目線を泳がせた。
私はその視線の方向をゆっくり見た。

「!」
そこには、聡彦と企画の一番若くて可愛い子が向かい合って座っていた。
聡彦はこっちに背中を向けていたから、多分私と八木さんが一緒な事には気付いてない。
私の心臓がドクドクしている。
聡彦に限って…女性と1対1で飲むなんて考えられなかった。
でも、笑顔で何か話している様子を見ると、それなりに楽しい時間を過ごしているみたいだ。

あれは…聡彦のサインなの?
もう私の事は忘れてやるって…そういう事なの?

八木さんと少し親しくしただけで、ここまでツンケンされるなんて…。
私は猛烈に聡彦に対して腹が立って、そのまま会計をして外に出た。
「待って、待ってよ。怒ったの?でも…後藤さんも今僕と一緒にいるでしょ。彼と条件は同じだよね?」
「……」
そうだ。その通り。
私は八木さんと二人きりで飲んでいた。
だから、聡彦が企画の女性と二人きりで飲んでいても責める資格は無い。

私…浮気しちゃうよ?
聡彦、あなたが悪いんだよ。くだらない事でプンプン怒ってさ…。

私の心はちょっとヤケ気味だった。

SIDE 聡彦

断り切れない相談事で、企画の園部さんと一緒に居酒屋に入った。
今の俺はこんなところで悩み相談なんか受けてる場合じゃないんだよ。
でも、仕事の悩みとなると、解決してやらないわけにはいかない。

ああ、菜恵。
今頃何やってるんだろうか。
頭にきて、メールの着信拒否までしてしまったけれど…だんだん頭が冷えて、ちょっとやりすぎたかな…と、反省中だ。
でも相手が八木だというのを知ったから、余計腹が立ったというか…焦った。
菜恵は自覚してないけれど、相当可愛い。
だから、八木が下心無しで菜恵を寄り道に誘ったとは思えない。

一緒にアイス食った…?
ふざけるなよ。
仕事中に何やってんだよ。
俺が仕事してる最中に二人で仲良くショッピングモールを歩いてたのか。

そう思ったら、カッと頭に血がのぼった。
我ながら、気が短いなとは思う。
穏やかな関係が続いていた矢先だったから、余計邪魔された気がして腹が立った。

菜恵の笑顔は俺のものだ。
菜恵の声も俺のもの。
何より…菜恵の心は俺にしか触る事は許されないんだ。
誰が決めたわけでもないけれど、これは俺が決めた鉄則だ。

あのイケメンに、菜恵が言いよられて悪い気はしてないだろうな…という想像はつく。
それが何より腹立たしい。
俺は今目の前にいる、多分相当可愛いはずの彼女にですら大して心は動かない。
酒も入っていて、心もほぐれている。
もう少し色気が出ても良さそうなのに、全く体も心も反応しない。

異常体質か…俺は。
菜恵に対してしかセクシーな感情が沸かない。
あのすべすべした白い肌に触れられるのは俺だけなんだと思う瞬間が一番幸せだ。

だから、菜恵と接点を失って3週間。
俺は心のエナジーはエンプティーランプを点滅させていた。
「舘さん、そういう訳なんで。課長にちゃんと言ってもらえますか?」
何だか分からないけれど、仕事の量が多いとか何とかそういう相談だったような気がする。
「ああ、言っておくよ。ただ、可能な限りの仕事はやってもらわないとしわ寄せは俺に来るんだからな。ちゃんとやれよ?」
それなりに先輩社員として、最もらしい事を言ってその場の話を締めた。

店から出て、何となく菜恵に会いたくなった。
今更…どうやって会いたいなんて言えるんだ。

「おやすみなさい、今日はありがとうございました!」
タクシーに乗って、悩みの解決した彼女は清々しく去って行った。
取り残された俺は、何だかタクシーに乗るっていう気分にもなれなくて、フラフラと歩いた。
自分のとっている行動が子供じみていて、菜恵を苦しめているのは分かっている。

でも、この独占欲はどうにもならない。

心も落ち着いてきたし、菜恵にそろそろ会ってやってもいいって連絡しようか。
そう思って、俺は携帯の着信拒否を解除した。
拒否する前のメールがサーバーに残っていたみたいで、それを受信したら、何十件も菜恵からのメールが入って来た。
“聡彦、ごめんね”
“聡彦、声が聞きたい”
“聡彦、まだ怒ってるの?”
えんえんと俺に対する謝罪の言葉の数々…。

こんなに彼女が謝るほどひどい事をしたのか?
いや…俺の怒り方が異常だったんだ。
急激に焦りが出て、菜恵に直接電話した。

すぐさま謝らないと。
そう思っていたら、落ち着いたトーンで菜恵が電話に出た。
もっと喜んだ声をするかと思っていたから、ちょっと声がつまる。

「聡彦?どうしたの?」
「…いや、そろそろ戻ってもいいかなと思って」
「何が?もう私はふられたと思ったし。だからもう浮気した…じゃあね」
こんな意味不明な言葉で電話が切れた。

「おい、菜恵!どこにいるんだ。菜恵!」
必死でコールし続けたけど、もう菜恵は電話に出なかった。

浮気した…?
誰と…?八木か?

俺の頭の中がパニックになった。
自業自得と言われればそれまでだけれど…菜恵の体に指一本でも触れていたら、俺は八木を間違いなく殴る。
それぐらいの危機感で、俺はタクシーに飛び乗って菜恵のアパートに向かった。


*** INDEX ☆ NEXT***
inserted by FC2 system