Smile!

6−1 ツンVS俺様

SIDE 菜恵

八木さんが全く積極的な動きをしなくなった。
聡彦も拍子抜けしたようになっていて、何がどうなったのか最初は分からなかった。
でも、風の噂で彼は先日短期滞在していた日下部課長と付き合っているという事が分かった。
相当な年上で、まだ独身のキャリアウーマンだったはずだけど、八木さんたらどういうテクニックで口説いたんだろう。
私はまさか彼が逆に口説き落とされたなんて事実は知らないから、こう思っていた。

「とりあえず、邪魔者は一人消えたな」
そう言って、聡彦は遠慮の無いキスをしてくる。
「一人って何。他にはいないでしょそんな人」
「菜恵は全然自分の立場を分かってないな、本当に世話が焼ける…」
「ん…っ!」
彼のザラッとした舌の感触が胸の先端で感じられて、声が出そうになった。
何だか最近私の体も前より反応するようになっていて、それが聡彦を喜ばせている。
「何で声我慢してんの?もっと素直になっていいよ」
「やらしい言葉言わないで!」
私は恥ずかしくてボウッとなっていた頭を必死にクリアにしようと頑張る。
でも、聡彦の優しい手が体のあちこちをまさぐる度に、またすぐに甘い感覚に酔わされる。

「なあ…菜恵。もうそろそろいいかな?」
お互いの体がすっかり熱くなった頃、聡彦が真剣な眼差しでそう聞いてきた。
「…そろそろって?」
「だから。最後までって事」
分かってたけど、そのラインを超えるのが怖くて私は分からないふりをしようとした。
だって…愛撫は気持ちいいけれど、実際そういう行為になると女性は苦痛だって聞くし。
好きな人だから全部受け止めたいけど…やっぱり怖い。
「痛かったり怖かったら途中ですぐ止めるから」
「本当?」
「俺を信じて任せて」
いつになく優しい聡彦の声に、私の心もやっと安心してコクンと頷いた。

「じゃ…本当に少しね」
そう言われた直後、私はやっぱり怖くて聡彦の体を押しやってしまった。
「菜恵…まだ何もしてないんだけど?」
「ごめん。だって、すごく怖いんだもん…まだ駄目だ。無理だよ」
涙声で謝る私。
聡彦はガクッと肩を落として、そのまま布団にゴロンと寝てしまった。
「怒った?聡彦…」
「いや。菜恵をその気にさせられない俺が悪いんだろ…きっと」
聡彦らしくない自虐的なセリフ。相当傷ついたのかな。
「違うと思う。私が臆病すぎるんだ…」
色々謝ろうと思ったけど、聡彦はもう今日は積極的になる気は無いみたいだった。
「ごめんね」
「菜恵が謝る事無いだろ」
さすがに私が泣いて謝っているのを見て、聡彦も表情を和らげた。
暖かい彼の胸にスポッと抱き入れられ、さっきの恐怖心は消えていった。

どうして抱き合うだけでは駄目なんだろう。
私はこうしているだけで満足なのに…男の人って不便に出来てるんだな。

「ちょっと焦ってんだ…俺」
聡彦がそうつぶやいた。
「焦る?もう八木さんとの事は解決したし…何を焦る必要があるの?」
私は不思議に思って彼の顔を見上げた。
「何でもない。もう寝よう…おやすみ」
そう言ったきり彼は言葉を切って目をつむってしまった。

SIDE 聡彦

俺は何やってんだ。
菜恵の体を全く満足させてやれない。
”あいつ”のせいで、今、結構焦らされている。
菜恵がまた手強いのに狙われている事を、つい最近知ってしまった。

八木との一件が解決したっていうのに、菜恵の知らないところで新たなライバルが出現していた。

先日やった合同接待での事だ。
普段はあまり交流の無い広報営業部の人たちとも混ざって仕事をした。
さすがに営業っていうだけあって、皆見た目がいいのばかり集められている。
その中でもリーダーシップをとって偉そうにしている男が、特に目立つ顔立ちをしていた。
「おい、そういうのは後でやれよ。今はこっちだろ?」
「はい、すみません」
「何度も言わせんな。あ、それ書きなおし必要になるから鉛筆書きにしておけよ」
こんなやりとりが何度も繰り返されている。
司令塔というか…何様だよっていう態度の大きさ。
それに、相当な自信過剰ぶりが伝わってきて、何だか見ているだけで好きにはなれそうもない男だなと思った。

俺も愛想悪いけど、あの男の偉そうな態度よりはましだ。
菜恵に対してだけは、特別態度がおかしい俺だけど、企画の中ではごく普通にやっている。
その偉そうな男…如月俊也(きさらぎしゅんや)といったか?その如月が昼休憩中、休憩室にタバコをくわえて入って来た。
「あんたが舘さん?」
唐突に“あんた”とか言われ、俺はムッとした。
年齢は同じくらいで、確かに立場はほとんど変わらないはずだけど、その態度は無いだろう。
「そうだけど」
「あの可愛い受付嬢とつき合ってるって聞きましたよ。後藤さん、そうそう後藤菜恵さん。可愛いですよね」
言い方に含みがあって、猛烈に腹の立つ男だ。
「あんたには関係ないだろ」
そっけなくそう言ってやると、如月は嬉しそうにタバコをくわえたままニッと笑って見せた。
「実は彼女を営業に加えてみたらどうかって話しになってるんですよ」
「え?」
初耳だ。
菜恵はおっとり系で、営業に向くとしたら木本さんの方が適任なはずだ。
「もう一人の美人は、やっぱり受付に残した方がいいって事になってまして。あんまり自己主張強くない人の方がいいんです、俺のパートナーは」
如月のパートナー!?
どういう冗談だよ。
俺はこいつのホラ話だと思って、真剣に聞くのを止めた。
その態度を見て、奴がクスッと笑う。
「嘘だと思ってます?じゃあ4月の人事異動の発表楽しみにしといてください、俺の言葉が嘘じゃないって分かると思いますから」
結局タバコには火をつけないまま、如月はそれが言いたかったという感じで休憩室を出て行った。

「はぁー……」
ため息がもれる。
菜恵がまたもや狙われている。
間違いない、菜恵はああいう独占欲の強そうな変な男にやたら好かれるんだ。
やっと八木が片付いたと思ったのに…。

こういう訳で、焦った俺は菜恵にちょっと体の関係を強めに迫った。
別に何が何でもという訳じゃなかったんだけれど、菜恵にとって俺は特別で絶対離れない存在なんだと体で感じたかった。
でも、あんなに怖がられたんじゃあ、進めようが無い。
もっと研究の余地ありか…研究なんかしようがないんだが。

人事の知り合いにこっそり聞いて、菜恵が本当に営業に引き抜かれそうだというのは確認した。

もうすぐ4月だ。
菜恵と付き合って2年目…何てスローペースな付き合いなんだ。
2年もあれば結婚さえ決める人間だっていそうだけど、俺達は体の交流さえ満足に交わせていない。
精神的にもまだまだ不安定で、特に俺は日々菜恵を監視する事でいっぱいいっぱいだ。
菜恵は週末になると、のん気におたく仲間との会合を楽しんでいるらしく、俺はやや放っておかれている気がして…言葉にはしないけれど、実は多少寂しいと思っていたりする。
それでも今までの態度を崩すのも何だか負けた気がして嫌だから、わざとツンツンと接している。

「聡彦は相変わらずツンツンだよね!」
こう言われても特に嫌われてる感覚は無いから、態度は変えない。
菜恵が甘えてきても「くっつくなよ」なんて言ってつっぱねたり、会社で見かけると相変わらずパシリみたいな事をさせてるけど、菜恵はそれについては特別文句を言ったりはしない。
ただ、俺の都合がいい時ばっかりエッチになるのは嫌だと言っている。

「菜恵は、ちょっと警戒しすぎ」
肌に触れる度に結構気を使わないといけないから、時々俺も不満を言う事がある。
そうすると「体が目的なの!?」とか言って泣くから、もうそれ以上は進めなくなる。
最初は俺の強引さで振り回してたけど、正直最近は菜恵の方が無意識に流れを強引に持って行く事が多い。
本人はいたって無自覚だけど…。

                          *

4月の人事が本格的に決まり、やはり菜恵が広報営業に異動になったのが分かった。
「コスチュームがもう着られない」
そんな理由で菜恵は悲しんでいたけど、正直アホかっていう感じだ。
八木が一緒だった時も相当やばかったけど、次の如月の方がちょっと嫌な予感がする。

それは、菜恵が心が揺れる可能性があるという意味の嫌な予感だ。

八木はタイプ的に菜恵が好きになる事は無いだろうという自信があった。
でも、如月は威張っているけど、どこか人間を惹き付ける力がある。
菜恵はああいう俺様気質なのにコントロールされやすい。
どういう手口で迫られるのか分からないけど、俺は菜恵を信じるしか方法が無い。

「同じフロアだから、前よりお互いの仕事姿が見られるね」
菜恵はそう言って少し喜んでいた。
そうだな、一応仕事風景を監視できるっていう意味においては都合がいい。
無駄に外勤が多くない事を祈るしかない。


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