Smile!


6−2 風変わりな俺様

SIDE 菜恵

4月から、私は新しい仕事をする事になってしまった。
広報営業部の如月さんという人がパートナーだ。
その人は、今までに会った事の無い不思議なタイプの人だった。

「よろしく。君は俺のパートナーに選ばれたシンデレラだよ」
彼は真顔でこう言った。
「は?」
耳がおかしくなったのかと思った。
漫画のセリフにはそういうのもあるけど、この人は真顔でこんな言葉を言った。

冗談だろうか。
笑っていいんだろうか。
色々考えてしまって、結局答えられなかった。

「如月さんは真顔で冗談言うから気を付けてねー。しかも怒ってる時はマジだから、そのあたりの表情を読み分けないと大変だよ」
新しい仕事仲間の小宮ルリちゃんという年下の可愛い子がそういう忠告をしてくれた。
表情を読み分ける…私が苦手としている分野だ。
さっきのあれは、じゃあ冗談だったのかな。
仕事が終わってからはツンに振り回され、仕事中は俺様に振り回される事になった。


いよいよ営業での本格的な仕事が始まるという月曜日。
一応新人ていうか、この部署では一番下の立場だから、私は早めに出社して机の上を拭いたり、床掃除したりしていた。
誰も居ないと思っていたから、鼻歌なんか歌ったりして。

布巾を給湯室で絞っていたら、唐突に後ろに誰かが立つのを感じた。
振り向く暇もなく、私の両サイドから男の人の手がバンッと向かいの壁に当てられた。
「…おはよう小鳥ちゃん。いい声だね」
そっと振り返ると、ものすごく近くに顔を寄せた如月さんがいた。
「お…おはようございます。早いですね」
私の鼻歌がうるさかったんだろうか。
仮眠してた彼を起こしてしまったようだ。
「徹夜したんだよ。後藤さんのせいでうまく寝付けなかった。…もう今日は半休もらうから。午後にまた来るってリーダーに言っといて」
何されるのかと思ったけど、別に何もされなくて、そのまま彼は本当にヨロヨロと帰って行った。
この時点で、如月さんの正体不明さが、私の中で認識され始まっていた。

                         *

「え、ロト6?」
ルリちゃんに誘われ、私は広報営業の中に作られている「ギャンブラーの会」に誘われていた。
「うん、一応会長は如月さん。会員は私含め5名なんだけど、後藤さんが入ってくれれば6名。で、後藤さんを入会させておくようにって命令されてるんで、是非」
如月さんの午後出勤の前に話をまとめておけと言われたようで、ルリちゃんの誘い方は結構必死だった。
「私ギャンブルよく分からないんですが」
年下でも仕事の中では先輩だから、私の方がルリちゃんに敬語だ。
「少ない出資金でくじを当てるっていう単純なルールよ」
良く分からないけど、とにかく小金をかけて数字を当てると賞金が出るという有名なくじをやる会って事らしかった。
「あのね、負けると暴露大会開かれるから注意ね」
「暴露大会?」
「敗者は勝者からある事無い事質問されて、とにかく心を丸裸にされるんだ。気を付けて」
私には断るという選択肢は残されて無いようで、ルリちゃんは必死で私にルール説明をしている。

如月さんは仕事も出来るらしく、とにかくどこに行っても何かと目立つ人だ。
このギャンブラーの会も仕切ってるし、他にもいくつか仕切ってる会を聞いた。
いちいち体を動かす会に入るのは面倒だったから、私は数字を予測するだけでいいという、このギャンブラーの会に入る事にした。
職場の雰囲気を壊さない為にも、こういうお付き合いに少しは参加しておかないといけないかな…と思い、私も結構気を使っているのだ。

「何かいい数字思いついた?ちなみに、発表の木曜日はそのまま飲み会に流れるから時間をあけといて」
「いや、まだ考えさせてください」
私はくじなんか買った事も無いから、いきなり数字を言えと言われてもすぐには出てこなくて、結局明日数字を伝えますって事にした。

                       *

午後になり、内勤時の仕事内容はだいたいルリちゃんから聞かされていて、私は庶務的な仕事をしていた。
女性社員は私も入れて4名しかいない。
その中でも、立場が下の女性がそういう仕事はやる事になっているという。
「後藤さんが入ってくれて、仲間ができたみたいで嬉しいな」
年齢と職歴で、庶務担当は私とルリちゃんの二人が指名された。
ルリちゃんは今まで一人でそういう仕事をやってたみたいだから、私が入った事で愚痴も言えるし仕事も分担出来るし…って事で喜んでいた。
資料館にいた頃より、何だかずいぶん忙しくなりそうだ。


2時頃、ようやく如月さんが出勤してきた。
ひと眠りしたみたいで、顔が朝よりスッキリして見えた。
「後藤さん、俺との仕事内容説明するから時間空いたら来てくれる?」
彼のハキハキした声が後ろから飛んできた。
「はい、分かりました」
もう絶対逆らえないっていう雰囲気の声だから、私もちょっとびくびくしながらの返事をする。

「後藤さん、ファイト。とにかくあの人と組んで半年以上続く人いなくて…脅すわけじゃないけど、あまり逆らわない方がいいからね」
ルリちゃんがヒソヒソと私に助言してくれた。
半年以上続かない…?
理由が気になる。
「如月さんがね、駄目出しするの。一緒に仕事してて息が合わないとすぐ捨てるっていうか。後藤さんがそうならないように影ながら応援してるわ…」
「え、じゃあ私はもしかしたら半年で用済みになる可能性があるって事?」
「まあそうだね。合わなかったら、また受付に戻されるかもしれないね」
「……」
別に仕事が受付に戻るのはかまわないけど、何だか用済みになるっていうのが馬鹿にされるみたいで、すごく嫌だった。
無理に気に入られようとは思わないけど、何とか彼の気持ちをクリアしてやりたいという気分にはなった。

如月さんの仕事説明は、ものすごく短くてほとんどメモをとる必要も無いぐらいだった。
「とにかく俺が伝えたい言葉を柔らかい言葉に翻訳して相手に話してくれればいいから。自分で何か考えて話そうとしないで」
「翻訳ですか」
「そう、男同士だと何となくイメージが暗くてね。相手がいい印象を持ってくれるようにフォローして欲しい」
堂々とした態度で、如月さんはそう言った。
この高圧的な人がどういう方法で営業成績を伸ばしてるのかすごく気になったけど、言い返すタイミングが無くて、私は黙っていた。

とにかくこの部署では彼に逆らうとろくなことはなさそうだっていうのは感じ取れた。

ものすごくクセのある人だっていうのは、鈍い私でもすぐに感じたし、機嫌を損ねずに過ごすのが大変だ。
真面目過ぎても「つまらねえ」とか言われるし、冗談かと思って笑ってみると「そこ笑う場所じゃないから」と、冷静に怒られたりした。
とにかく短気。
さらに王様気質。
上司に対してもそれほどへりくだったりしない。

聡彦で変な男は見慣れたかに思ったけど、まだまだいるんだな…変な男の人って。
私はこんな発見をして、一人で感心したりしていた。

                          *

後日…ギャンブラーの会の「暴露会」が開かれた。
今回は、負け知らずだった如月さんが負け、今までさんざん暴露を強要されてきた他のメンバーが猛烈に彼を攻撃した。
「如月さん、今恋人いるんですか!?」
その質問に、彼は「…いねーよ」と答えた。
「じゃあ、今好きな人はいるんですか!?」
の質問には「…どうでもいいだろ」と答える。

「どうでも良くないですよ、俺なんかこの前、彼女と初めてキスした場所まで聞かれたんですからね!」
恨みが溜まっているらしい水野くんという若い男性がお酒の勢いもあって、如月さんに相当強く迫る。
何度か同じ質問をされ、如月さんもとうとう
「ああいるよ!うるせーなあ。気に入ってる女の一人や二人いるだろ、そりゃ」
と、逆切れした。
すると、その場のメンバーが一気に浮き足立つ。
「うほー。誰ですか、苗字だけでも教えて下さいよ。イニシャルでもいいですから!!」
という突っ込みがさらに入る。
さすがに答えきれなくなった如月さんが「もう会計しろ」と、逃げに入った。
全員が「うそー!」と、残念な声を上げる。
彼をやり込められるのはめずらしい事らしく、皆目が生き生きしていた。
その様子を見ていて、私はクスッと笑えてしまった。

結局、如月さんの「気に入ってる女性」というのは聞けないまま、会はお開きになった。

「後藤さん、駅まで暗いから送るよ」
他の人はタクシーで帰ったけど、私だけは電車で最寄駅まで行ってからタクシーに乗ろうと思っていたところ、如月さんがそう言ってついてきてくれた。
彼の家は飲み会が開かれた場所から遠くないらしく、歩いて帰れるとの事だった。

「楽しかったです。如月さんがやられてるの…正直面白かったですよ」
私は少し酔っていたから、遠慮なくそんな事を口にしていた。
「そう?」
いつもならもっとポンポン言葉が出る如月さんらしくなく、あまり口を開かない。
何となく黙ったまま道を歩き、ホームが見えたところで「じゃあ俺はここで」と言って彼は立ち止まった。
「あ、ありがとうございました。おやすみなさい」
彼にペコッと頭を下げ、改札を抜ける。
「後藤さん」
改めて名前呼ばれ、改札に入ったところで私は振り返った。
「はい?」
何だか真面目な顔をした如月さんが、私をじっと見ている。
「さっきの…君だから」
「え?」
「だから。俺が気に入ってる女性…君だから」
「……」
何を言われたのか瞬時に解釈できず、私はそのままボッとしていた。
「じゃ、気を付けて帰れよ。お休み」
飄々とした調子で背中を見せ、如月さんはそのまま駅の向こうに消えていってしまった。

今のって…何?
告白?

お酒と疲労がダブルできていた為、次の日、私は軽く記憶喪失になっていた。
まさかね、あの如月さんが私を…なんてあり得ないよ。

ぼんやり記憶された彼の言葉を、私は「勘違い」として片付けてしまったのだった。

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