Smile!


9−3 沢村さんとの対決

SIDE 舘

沢村さんの元気が無くて困ると上司から言われ、もう俺は腹を割って話そうと覚悟を決めた。
「沢村さん、体調はどう?」
とりあえず久しぶりに声をかけるのだから…という事で、そんな質問をした。
「ええ、普通ですけど」
そう言いつつ、顔色は良く無い。
「病院に通ってるって聞いたんだ…そこの先生とちょっと話していいかな」
「…え?」
いきなりプライベートな事に話を突っ込まれ、彼女は驚きの顔をしていた。
「沢村さんの何が問題なのか、率直に医者と話してみたいんだけど」
「いえ、いいです。別にお薬とかももらってないですし」
医者が薬を出さないで治療するって事あるか?
またもや不審な気持ちが沸いてくる。

どうやら病院に行くのは断固拒否みたいだったから、仕方なく軽く飲んで話さないかと誘いを変えた。
「舘さんと二人ですか?」
「ああ、そうだよ。駄目?」
「いえ、嬉しいです」
こういうところは案外素直に嬉しいという顔をする。
全く手に負えないとは思えないんだけど、どうやって気持ちを俺から逸らしてやればいいのか悩む。

                           *

小さな居酒屋で、俺は酔わない程度のビールを頼んだ。
沢村さんは強いなんて聞いてなかったけれど、知らない間にチューハイ2杯とカクテル3杯を飲み干していた。
「ピッチ早すぎじゃない?」
そう声をかけた時には、すでに彼女の目はうつろだった。
「舘さんと一緒なんですもの。恥ずかしくて…酔ってないと平然としてられなくて」
「ちゃんと話ができなくなるだろ」
新しいカクテルが運ばれてきて、俺の言う事なんか聞かずにストローで美味しそうにそれを吸い上げている。

仕事の悩みとか人間関係の悩みとか、とりあえず思い当たる事を色々尋ねてみたけど、病気になるほどひどい悩みは無さそうだった。
じゃあ…やっぱり俺のせいで病院にかかってるって事なのか?

「あのさ、君が病院通いしてるの、皆心配してるんだよ。原因が俺だって言われたりもしてる」
正直なところをズバッと言ってみた。
「そうですか…心配かけてすみません」
すでに空になったグラスを傾けて、沢村さんは真っ赤な顔のままきまり悪そうにつぶやいた。
「だから、何が原因なのか言ってくれないかな」

「……」
この話になると、とたんに無言になる。
一番聞かなければいけない部分がどうしても聞けない。

でも、沢村さんの本音を聞き、俺自身が取り乱す事になるなんてこの時はまだ思ってなかった。

                            *

居酒屋を出て、全く実りの無い時間を過ごした俺は酔いもすっかりさめた状態にいた。
逆に沢村さんは支えが無いとすぐによろめいてしまいそうになっている。
もっと厳しくセーブかけておけば良かった。

「沢村さん。しっかりして、歩ける?」
腕を抱えて軽く体をゆすって意識を確認した。
すると、彼女は突然俺に抱きついてきた。

「舘さん!好きなんです…好き。あなたじゃないと駄目なんです」
酔ってなければ言えない…といった勢いだ。
「沢村さん…」

とりあえず彼女の腕を自分から外し、冷静な調子で彼女に言った。

「あのね、何回も言うようだけど。俺はもう結婚するんだ。来年には子供も生まれる。そういう男に好きだと言っても意味が無いと思わないか?君の時間がもったいないだろ?」

精一杯優しく言ったつもりだ。
普通の人間なら、ここまで言われれば羞恥心が働いて強引な事は言えないものだ。
でも、沢村さんは違った。

目にはうっすら涙をためて、明らかに怒った表情をしている。
そして、彼女の口から信じられない言葉を聞いた。

「赤ちゃんが出来た事に縛られて結婚なんて…それでいいんですか?」
酔ってはいるけど、ハッキリした口調で、俺は一瞬驚いた。
「…何て言った、今?」
聞き間違いかと思い、尋ね返してしまった。

「赤ちゃんさえいなければ、後藤さんとはまだ結婚してなかったんじゃないんですか。それでいいんですか?」
「沢村さん!」
俺が大きな声で彼女の言葉を遮ったから、彼女は驚いて話すのを止めた。

「まさか…君、それを菜恵に言ったりしなかっただろうね?」
「言いましたよ。記憶の曖昧な舘さんの子供を産むのはどうなんでしょう…って言いました」

それを聞いたとたん俺の頭で何かがはじけ、もう少しで沢村さんに手をあげるところだった。

「君を…好きにはなれない。残念だけど、軽蔑するよ」
俺の様子を見て沢村さんは、酔った目を少しハッキリさせて俺を見上げた。

「軽蔑……?」
沢村さんは、まだ自分がいったい菜恵にどんな傷を負わせたのか全く分かっていないみたいだった。

もうお手上げだ…。
そう思ったけど、最後に俺は彼女に言葉を残した。

「人間には言っていい事と悪い事の範囲ってものがあるんだ。その線引きをするのが大人になるっていう事だ。沢村さんはそのあたりのモラル感が薄いみたいだから、きっちり言っておく。君だって女性だろ…本当なら俺よりも君の方が菜恵の気持ちを分かってやれるはずだ。なのに…さっきの発言は何なんだ…」
「……」
俺の説教に対しては、彼女はもう言い返してきたりはしなかった。

「俺だってこんなに沢村さんを責めたくはなかったよ。でも、君が自分で自分を追い詰めたんだ…それに気付いてくれればいいなと思うよ。多分、今後君が何かアクセスしてきても、俺にはもう君を受け入れる器が無い」

言えるべきセリフは言えた。
もうあとは沢村さんの中で処理してもらうしかない。

「おやすみ。タクシーに住所を言って帰れるね?俺は歩いて帰るから」
一応彼女が乗るべきタクシーだけは拾ってあげ、その後部座席にぼんやりしたまま座った彼女を残し、俺は自分の足でアパートを目指した。

怒りと悲しみがごちゃごちゃになっていて、落ち着いた状態で菜恵に会う為にはクールダウンする時間が必要だった。

菜恵…傷ついた心を全く打ち明けずに我慢してたのか。
君は、お腹の子供と俺と…それに沢村さんの事まで全部一人で抱えてたのか。
ごめん、今まで気付いてやれなくて…ごめん。

菜恵の心を思って、俺は帰る道すがら情けなくも泣いてしまった。

今後、菜恵の事は俺が全部守る。
沢村さんとの接触は何があっても遮断しておかなくてはいけない。
俺がさっき言った言葉で、少しは何かを感じてくれていたらいいけど…。

どうだろう。

とにかく、如月の言った「とことん話す」というエリアは俺にとってはもう十分にクリアしていた。


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