Side 武藤 司 2 こんな俺が、知り合ううちに、言葉に表せない恐怖にも似たような・・・ライバル心が沸いた男がいた。 そいつの名前は、手島の義理の兄貴・・・手島陽。 手島が転校してきた初日、帰り道に迷ったらいけないっていうんで一緒に帰れ・・・と担任から命令された。 心の中ではめんどくせーな・・・と思ったけど、別にその日一緒に帰るやつもいなかったし・・・俺は黙って手島の前を歩いた。 その俺の後ろを・・・手島は無言でついてきた。 真っ白な顔が・・・寒風のせいか、ちょっとピンク色になっていて、”人形みてえ“なんて思った。 その手島の自宅の場所を、俺はあらかじめ担任から軽く聞いていた。 三つの道に分かれる踏切り地点で、俺は真っ直ぐ。手島は左後ろに伸びる道を行くのが正解だった。 「じゃな・・・。俺こっちだから」 その分岐点で、俺はぶっきらぼうにそれだけ言って自宅への道に顔を向けた。 「うん。バイバイ」 小さい声でそれだけ言って、手島は踏み切りを渡って、1本違う道を歩き出した。 (おい・・・そっち違う道だぞ?) そう思ったけど、踏み切り越しだったせいで・・・声をかけづらくなっていた。 一声、道が違うって言ってやれば良かっただけなのに・・・俺は、声をかけられなくて、赤いランドセルを背負う彼女の小さい背中をオロオロ見ていた。 「どうした?」 いきなり後ろから声をかけられた。 振り返ると、中学の学ランを着た男が、チャリンコを止めて、俺の様子を伺うような目をしていた。 サラッとした髪が風になびいていて・・・パッと見、どこかの金持ちの子供か・・・っていうような、何だか気品の感じられるような・・・そういう清潔感のある男だった。 「あ・・いや、あいつが・・・」 俺はどもった調子で、手島の歩く方向を指差した。 すると、奴はすぐに手島の存在に気付いて大声で彼女を呼んだ。 「美月!おい、美月!!道が違う」 その声で、手島がビックリして振り返った。 「お前、分かってたんなら・・・ちゃんと教えてやれ」 そう捨て台詞を残して・・・そいつは、手島の方に向かってチャリを飛ばした。 しばらく二人で向かい合って何かを話していたけど、そのうち男はチャリを降りて、手島と同じ方向に向かって歩きだした。 この段階では、二人が義兄妹だっていうのを知らなかったけれど、子供会やら何やらの行事が入ることで、だんだん事情が分かってきた。 手島の兄貴の父親と、手島の母親が再婚して、それで・・・父親の仕事関係で鳥取に越してきたみたいだ。 4個年上だっていう、その当時中1だった兄貴・・・陽は、年齢よりも相当上に見えるほどの大人っぽさを持っていた。 子供会の手伝いで時々顔を出したけど、いつも皆の行動をリードしていて・・・天性のカリスマ性みたいなものを持っていた。 どんな奴も、あいつの声のもとには大人しく従った。 小学校で手島が同性の友達からやや仲間外れにされている事は知らないみたいで、もし知っていれば学校に乗り込んできそうな気がした。 良く分からないけれど、あの陽っていう兄貴は手島の事を大事にしているんだ・・・っていうのだけは伝わってきていた。 実際、手島は・・・頼りなげで、自信なさげで、いつも無言で・・・見ているこっちが戸惑う程の不安定さを抱えて生きている女子だった。 言葉を馬鹿にされた事が相当ショックだったのか、俺がたまに気を使って話しかけても、ほとんど要領を得ない答えしか返してこなかった。 なのに、相手があの陽になると・・・別人のようにおしゃべりになるのを見た時は、驚いた。 「武藤くんは下校班で一緒の人なの」 そう紹介された。 「そっか・・・。それであの日、美月の様子を気にしてたんだ。俺、小学校の内部までは目が届かないから、美月の事よろしく頼むよ」 いきなり・・・よろしく頼まれても・・・俺は別に女子に関わる気は無かった。 手島が多少いじめっぽい事をされているのも知っていたけれど・・・俺にはどうにも出来なかった。 その代わり、下校班で一緒に帰る日には・・・少し話をするようになった。 「お前・・・友達できねえの?」 積もった雪を丸めて凍ったどぶ川に投げつけながら、そんな事を聞いてみた。 手島も、自分の手に握れるだけの雪を拾い上げて、綺麗な球体に丸めた。 「・・・なんか、言葉がおかしいらしいんだ。でも、どこがおかしいか、自分でも分からないし。話さないほうがいいのかなと思って」 せっかく綺麗に丸めた球体を、俺と同じようにどぶ川に投げつけた。 その衝撃で、水溜りになっていた部分に少しヒビが入る。 「言いたい奴には言わせればいいだろ・・・。俺は別にお前の言葉がおかしいなんて思わねえし・・・他にもそう思ってる女子もいるんじゃねえのかな」 そう言ったら、無表情だった手島の目に・・・みるみる涙が浮かんできていた。 「・・・ありがとう」 そう言って、手島は少しだけ涙をこぼした。 全く言葉も文化も違う県に引っ越してきて、心強い兄貴も別の学校だし・・・手島は、本当は故郷の秋田に帰りたいんだと言った。 力になろうにも・・・俺にしてやれるのは、こうやって帰り道に軽く声をかけてやる事ぐらいだった。 俺の言葉のせいかどうか分からないけど、そのうち手島にも一人だけ友人が出来たのが分かった。 クラスの中では優等生タイプの女子で、勉強も運動も出来る姉御肌な女・・・古谷朝子だった。 下校班が組まれる日以外は、古谷と帰りは一緒みたいで・・・俺はちょっとホッとしていた。 別に、手島の兄貴からの命令を聞いたつもりはないけど、いじめを見て見ぬふりをしていた自分の行動に罪悪感があったのかもしれない。 こうやって・・・自然に月日が流れて・・・俺達は全くメンバーが変わらない状態で、中学生になった。 INDEX ☆ NEXT |
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