ヴィーナス

Side 手島 美月 3


理解不能なお兄ちゃん。

私のお兄ちゃんに対する気持ちも、時々自分でも理解不能になる。

年齢を重ねるごとに、その感情は複雑になってきて・・・自分でも処理できない時が出てきた。

そんな事を思うようになったきっかけは、お兄ちゃんが東京に行くのが決まって、あと少しで出発・・・という時だった。
私は思いがけず、彼に抱きしめられた。

ソファに横になってる彼が寒そうだったから、タオルケットをかけてあげた。
そしたら、別にいらない・・・みたいにそれを外そうとしたから・・・私は無理やりそのタオルケットを彼にかけようとした。
同じタオルケットを握って・・・目と目が合った。

お兄ちゃんの・・・綺麗な・・・瞳。

何だか自分の心の奥から、変なものが飛び出してきそうだった。
その瞳に吸い込まれているうちに、お兄ちゃんが私をそっと抱きしめた。

呼吸が一瞬止まった。
お兄ちゃんの暖かさ・・・これを感じるのは、何故か初めてじゃない気がした。

耳元で、遠くなるけど・・・何かあったらいつでも連絡して・・・って言われた。

妹思いの優しい・・・お兄ちゃんだ。
私は、彼の中で・・・一生妹だ。
分かりすぎるほど分かっていて、私も彼を軽く抱きしめ返してお礼の返事をした。

何故か・・・泣きそうだった。

彼は・・・一生手の届かないところにいる。
今、こうやって抱きしめられていても・・・東京にいても・・・心の距離は変わらない。
誰の事も心に入れない。

優しいけど・・・捕らえどころがなくて・・・ちょっとだけ怖い時もある。

私の心を時々ギュッとねじるみたいな痛みを与えるこの兄に・・・私はどう接したらいいのか戸惑うようになった。
これは・・・思春期っていうものに到達した証だったのかもしれない。
私の場合、その時期は相当遅くて、一般の女の子より何年も遅れていたような気がする。


朝子は・・・お兄ちゃんを好きな気持ちを、ストレートに告げた。
それは、彼女が選んだ道だった。
後悔したくない・・。
例え答えがNOでも、答えが無い状態より数倍ましだと言っていた。

そして・・・、東京に旅立つ前のお兄ちゃんは、朝子に「ゴメンね」と言ったらしい。
優しいお兄ちゃん・・・。
絶対、相手に期待を抱かせるような態度も言葉も使わない。
デートをする相手は、決まって年上で・・・お互いに本気じゃないよね・・・っていうのが分かる相手だった。

理路整然と生きているように見える彼が、どうしてああいう異性関係を続けるのか、それすら私には分からない。
朝子みたいに、美人で、賢くて、強くて・・・そんな素敵な人すら拒絶する彼の心。

全く分からない。

お兄ちゃんが朝子を受け入れていたら・・・それはそれで、私の心は複雑になりそうだったけど、朝子なら・・・納得してもいいかなって思っていた。
私が尊敬する二人の男女。陽と朝子。
この似たような雰囲気を持つ二人の存在は・・・ある意味、人間として私の理想だった。

お兄ちゃんに振られても、朝子は落ち込んだ様子は見せなかった。

「やっぱりいい男だった、あんたのお兄ちゃん。断る時の言葉に、迷いが無かった。あれは・・・完全に誰か他に好きな人がいる・・・っていう感じだった。私・・・やっぱり好きだわ・・・彼。これから先も好きな人が出来なかったら、彼がその本命に振られるのを待ってもいいぐらい」

若干15歳の朝子は・・・まるで大人の女性みたいな事を言った。
お兄ちゃんに、完全に好きな相手・・・いるのか。
全く影も形もその存在を匂わせる事は無いけれど・・・彼の心の中で、もしかしたら星の王子様のバラみたいに、一生見守らないと・・・って思わせる存在があるのかもしれない。

一瞬、それが私だったらどんなに嬉しいかな・・・なんて思った。
そんな事を思ったら、今自分が立っている地面が崩れ落ちそうな感覚が襲ってきたから、慌ててその気持ちに蓋をした。

世界一カッコよくて、素敵な私のお兄ちゃんは・・・一生私の大事なお兄ちゃんでいてくれる事で、永遠の愛情を注いでもらえる・・・そう思っていた。
だから、いつ彼に大事な人が出来てもいいように、私は常に別のところに視線を泳がす。
こんなだから、私はいつまでもフラフラしてるように見られる。

皆、意思をハッキリ持って歩いている中で、私一人が・・・何だかいつでも茫漠とした中で生きている。
・・・そんな気持ちを高校進学後もひきずっていた。





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