ヴィーナス

Side 武藤 司 2


「・・・正直に言うよ。俺・・・手島が好きだ・・・多分、ずっと前から」

待合室には他に誰もいなくて・・・俺の声だけが室内に響いた。

「・・・」
手島は何も答えない。
俯いて・・・何だか体も震えている。

「いや、別に・・・俺のこと好きじゃないならいいんだよ。断ってくれて・・・。ただ、気持ち誤魔化すのも限界だから・・・」
手島が断るのをためらってるなら・・・と思って、俺はそう言った。
でも、手島は首を振って俺の言葉を否定した。

「ううん。私もね・・・多分・・・武藤くんを好きだと思う。ただ・・・どういう好きなのか分からないの。自分の事なのにね・・・」

手島の言葉は、時々訳が分からない。
多分好きだけど、種類が分からない・・・って何だ?

「じゃあ・・・とりあえず聞いてみるけど、今、こうやって隣りに座ってるのは嫌じゃない?」
「うん」
「じゃあ・・・手を握ったら・・・どう?」
そう言って、俺は思いきって手島の白い手を握ってみた。

「・・・嫌じゃない」

「・・・ん〜・・・。ていうか・・・ドキドキする?」
自分でも、何でこんな事聞いてんのか・・・訳が分からない。

「するよ。顔も熱いし・・・息も苦しい」
「・・・じゃあ、好きなんじゃないの・・・俺のこと」

自分の好きな相手に、自分を好きかどうかを判断させるという作業は・・・相当不自然だった。
でも、手島は・・・呆れるぐらい自分の心を判断する能力が低いみたいだから、仕方ない。

「かな。武藤くん・・・カッコイイしね・・・何か、私でいいのかな」

「そういう遠慮するの?何か別の理由で戸惑ってるとか・・・ない?」

「何・・・どういう事?」

俺は・・・聞きたかった。
あの完璧な血の繋がらない兄貴を・・・どう思ってるのかって。
俺に対する気持ちより、もっと大きな・・・ドキドキを・・・感じてやしないか・・・って。

どこかで・・・直感していたのかもしれない。
手島は・・・あの兄貴を、無意識に・・・愛してるんじゃないか・・・って。

でも、手島は全く俺の心は見えないみたいで、戸惑っていた。

「私、武藤くんの事・・・多分転校してきた時から好きだったと思うよ。ぶっきらぼうに猫背で歩いてたあなたの背中・・・まだ記憶に残ってるもん。ダイレクトに優しくなかったけど・・・ちょこちょこ私を気にして親切な言葉をかけてくれたの・・・全部分かったよ。今さらだけど・・・あの時はありがとう。孤独で・・・秋田に帰りたくて・・・実は毎日泣いてたの。でも、武藤くんと朝子がいたから・・・学校に通うのも苦痛じゃなくなったの・・・。だから・・・すごい感謝してるし・・・好きだよ」

手島から・・・これだけ長いセリフが聞けるのも珍しかった。
しかも、それなりに・・・ちゃんと俺を好きでいてくれたのも分かった。

とりあえず今・・・俺は、あの手強い兄貴より一歩手島に近い位置にいる。
なら・・・このまま彼女を完全に俺に向けさせてやればいい。

天性の負けず嫌いと、あの兄貴に対する意味の分からないライバル心が・・・俺の心を燃えさせた。

もちろん、手島の事は単純に女性として、好きだった。
男っていうのは、何か・・・弱い立場の人間を守りたくなる生き物なのかな。
そういうポイントを、手島は絶妙についてくる。
細い体に・・・白い肌。
髪の色も薄くて、柔らかい猫っ毛だ。
笑うと右の頬にえくぼができる。

正直・・・最初に見た時から可愛いと思っていた。

こうして、俺達はもう高校も終わりだっていう時期に、付き合う事になった。




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