ヴィーナス

Side 手島 陽 1


小学5年になる年に・・・とびきり可愛い妹ができた。
子供らしくなくて、ませていた俺は、この小さな少女の事を兄というより父親みたいな目で見ていた。
実際、美月は信じられないほどモロくて頼りない少女だった。
外からの攻撃にも弱かったし、本を読んだり、テレビを見たり・・・そういう刺激にも強い反応を示す子だった。
すぐに涙をこぼす美月。
その度に慰める役は俺が買って出た。

俺の涙は・・・母親が病気で死んだ時に枯れた。
毎日病院に行く度に弱っていく母親を見るのがつらくて、病室の前で何分も立ち止まって、入るのをためらう日々だった。

とうとう駄目だっていう日になって・・・俺は、本当の悲しみは涙を止める事を知った。

泣かなかった。
通夜も・・・火葬の時も・・・遺骨を前にしてすら・・・俺は泣かなかった。
母親がまだ生きている間、病院を訪問した帰りに流した涙で、俺の一生分の涙は枯れていたから・・・もう一滴の涙も出なかった。

「強い子ね。頑張ってるのね・・・」
親戚連中はそう言って、俺を可愛そうな子供を見る目で見ていたけど、俺の心は冷めていた。
母親の見舞いにろくに来ないで、死んだ時だけ泣くような奴・・・誰も信じられなかった。

俺の母親は、多分性格も俺に似ていて・・・我慢強くて意地っ張りな人だった。
だから、心細い時ですら微塵もそれを感じさせないで笑っていた。
父親は単純な性格だから、母親はそれほど苦しまないで逝ったと思ってるみたいだけど・・・とんでもない。あの人は・・・誰よりも苦しんで逝った。
病気でも苦しんでいたし、夫である俺の父親の心が自分から離れている事にも気付いていた。

何で俺がここまで分かるのか・・・それは自分でも不思議だ。
母親の顔を見れば・・・犬が飼い主の表情を読むみたいなスピードで、心を悟る事ができた。
へその緒で繋がっていた、ただ一人の俺の強い味方だったからなのかな・・・。

美月に会うまでは、俺は母親の幻影を追っていて・・・ちょっと精神的に危険な状態だった。
それを隠すみたいに、俺の表面はどんどん固くなった。
誰から見ても、冷静で・・・子供らしくない落ち着きを持った人間に見えたに違いない。
実際、心の中はいつも静かで・・・あまり乱れる事はなかった。

だから、どんな事があっても、泣くどころか・・・怒りの感情すら表に出す事は少なかった。
そういう意味では・・・全く子供らしくなくて、嫌な小学生だった。



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