ヴィーナス

Side 手島 陽 2


「陽くん」
時々、美月は俺の名前の方を呼ぶ。
甘えたい時とか、多少俺に気を使う時に使う。
そう呼んでいいのは、美月と父親と、母親だけ・・・って事に限定している。
新しい母親が呼ぶのは本当は嫌だけど・・・仕方ない。

他の女性には絶対下の名前は呼ばせない。

美月は俺が適当な女性と短い付き合いをしているのを怪訝な目で見る。
俺だって別に好きでこういう行動をとってる訳じゃない。
好きでもない女と接触するなんて・・・本当は止めたい。
でも、俺は単純に女の体が欲しい時がある。
これは・・・何だろうか、生理現象というか・・・どうにもならない欲求だ。
中学の頃までは抑えることが可能だったけれど、高校に入ったとたん・・・抑えがきかなくなった。

言い寄ってくる女は、だいたい長いスパンで俺と付き合うことを望んでいるのが分かるから、そういうのはパスした。
短い期間、体の関係オンリーでいいっていう相手だけを選んだ。

誰にも本気になれない。
誰にも本気にならない。

俺は・・・一生一人でこんな虚しい欲求晴らしをして生きるしかない。

どうしてって・・・?
それは、妹である美月を愛してしまったから・・・。

それをハッキリ自覚したのは、美月が中学に上がった時だ。
家の中に男を入れて、ピアノを聴かせたとか言った日だ。
あの日は本当に体調が悪くて、そのせいで、あの男・・・武藤にも作り笑顔すらできなかった。

全く怒りなんて感情はずっと出た事がなかったのに・・・あの時は、抑えようのないムカつきでどうにもならなかった。
具合が悪いせいかと思ってベッドに入ったけれど・・・、よく考えてみたら、美月があんなに悲しそうな顔をしてるっていうのに、俺はもっと困ればいいとか思っていた。
今まで、美月が泣かないよう・・・いつでも笑っていられるよう・・・そんな気持ちで接してきたのに、泣けばいい・・・なんて思う自分がいた。

美月は、心は幼いけれど・・・何というか、男が「こいつは守ってやらないと」と思わせる独特のオーラを出す子だ。
俺だってそんなオーラに飲み込まれた男の一人だ。
当然妹として・・・そう接してきた。

美月は知らないけれど、俺達は本当の兄妹だ。
その事が、俺を死ぬほどつらい状態に追い込む。
知りたくなかった・・・でも、親戚連中の噂話ですぐにそれを知ってしまった。

父親はしらばっくれて「血が繋がってないけど兄妹だよ」なんて言ってたけど・・・。
俺の父親は・・・母親にバレてないつもりだったのか、随分前から別の女性と付き合っていた。
それが美月の母親で・・・今の継母だ。
まだ5年生の俺は、その継母を受け入れなくてはいけなかった。
どんなに心では拒絶していても・・・。
正直・・・今でもあの人は好きになれない。

でも、美月は恨みの対象にはならなかった。
それぐらい、出会った当時から彼女は小さくて頼りなくて・・・面倒をみてやりたいという気持ちにさせられた。

だから俺は、美月を本当の妹として可愛いと思っていた。
気が弱い美月を見ると、つい助け舟を出してしまう。
そうしないと、俺自身の気がすまなかった。
だいたいの生徒は、俺が少し睨みをきかせれば美月に手を出そうなんて思わないみたいだったから、暴力なんかふるう必要もなかった。

個人的に喧嘩は好きじゃないけど・・・負けるというのは嫌いだ。
どんな些細な事でも、俺は常に1番でいたがった。
運動会でも・・・作文コンテストでも・・・小さな漢字テストですら、俺は100点満点を目指していたし、ほとんどそれをクリアした。
何も努力してないみたいに見られていたけど、俺も裏ではそれなりの努力をしていた。
皆がゲームに夢中になっていても、参考書を開いていたし、テレビの話題にもついていけなかった。
だからか・・・誰もが俺を見ると表情が固くなって、親しげな口を利いてこない。
命令するわけでもなくて・・・それなりのリーダーシップをとれば、だいたい皆ついてくる。
生徒会長とか、そういうのにもなったりして・・・田舎の狭い空間で俺は、「神童」みたいな扱いをされた。

そんな俺が、どうしようもなく打ち勝てない・・・大きな問題を抱えた。

美月を女に見てしまった自分に気が付いた・・・という問題だ。



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