ヴィーナス

Side 手島 陽 4


もう卒業論文も仕上げに入っていて、来年から勤める会社のターゲットも定まっていた・・・そんなある日。
東京で暮らす俺のパソコンに、美月からのメールが入った。
それで・・・俺は、愕然とする事実を知らされた。


陽くん、私、武藤くんと付き合う事にしました。
男性と付き合うなんて初めてで、どうしていいか分からないけど・・・彼の事はずっと好きだったし、彼も私を好きだと言ってくれたから・・・付き合う事にしました。
陽くんに相談もしないで、こんなの報告したらちょっと怒られるかな・・・なんて思ったけど、あまりにも急な展開だったから、事後報告になっちゃいました。
前に好きな人が出来たら紹介しろよって言われたから、メールしました。
口で言うのは照れるから・・・。
じゃあ、陽くんも体に気をつけて勉強頑張ってね。
今度帰ってくるの楽しみにしてます。

美月



「・・・」
パソコン画面に照らされて・・・俺はしばらく固まったまま動けなかった。
よりによって・・・武藤と付き合う事になるとは、予想してなかった。
あの不器用な男が、美月に告白するなんて思えなかったし・・・いったいどういう展開でそうなったのか。

俺は、生まれて初めて「負けた」という事を実感した。

この猛烈な敗北感は、予想以上に自分を駄目にした。
あと少しで完成という卒論の筆も止まった。

自然に・・・鳥取に帰る事もなくなって、まめに帰っていた帰省を止めた。

美月を忘れる・・・とか、そういう不可能な事は考えてなかった。
でも・・・俺にも何か支えが欲しい・・・初めて、そんな事を思った。
俺は・・・全く呆れるほどに弱い人間だった。

そんな時、かなり久しぶりに美月の親友朝子からメールが入った。
告白をされて断ったけれど、どうしてもメールアドレスだけは教えてくれと言われて・・・教えてあった。
実際に連絡がきたのは、これが初めてで・・・かなり驚いた。

朝子は、・・・負けず嫌いの強気な女だ。
好きです・・・と言ってきた彼女の告白は、他のどんな女よりストレートで・・・俺の心にすんなり入ってきた。
だから、心が極限に弱った時のこのメールは・・・狙ったかのようなタイミングだった。

“手島陽様
お久しぶりです。朝子です。お元気ですか?
進学・・・東京にしました。美月も東京に出ると言っています。
そちらに行った時には、是非お会いしたいです。朝子。

こんな内容だった。
来年・・・美月だけじゃなく、朝子も上京してくる。
特に理由は無かったけど・・・武藤もこっちに来る可能性が高いな・・・という気がした。

一度バラけた関係の俺達が・・・また奇妙な形で同じ土地に過ごす事になりそうだ・・・というのは、決して俺の気持ちを明るくはさせてくれなかった。

負けたという気持ちの状態で武藤には会いたくない。
俺が武藤よりもさらに強い大きな気持ちで美月を思ってるんだという事を、奴に分からせたい。
付き合うとか、そういうレベルを超えた次元で・・・俺は美月を大きく包む存在でありたいと思った。

それは・・・彼女が別の男と一緒にいる状態ですら、取り囲むぐらいの大きな気持ち・・・。
今のこんな未熟な状態で、そんな事が出来るとは到底思えなかったけれど、せめて上辺だけでもそんなふうに取り繕いたい・・・と思った。




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