ヴィーナス

Side 手島 美月 1


私の漠然とした将来はそのままで、単に英語の成績だけは良かったから・・・それを利用出来る大学の受験をして、何とか合格した。
私と兄が両方東京に出る事で、両親はちょっと寂しがったけれど、反対もされなかった。
だから、両親には感謝をしている。
高い授業料をかけて私立の高校と大学に行かせてもらうんだから、相当頑張ってちゃんといい成績で卒業しないと・・・って思った。

ちょっと思いがけない出来事があった。
ずっと友人関係だった武藤くんと付き合う事になった事。
受験を控えてる3年の時の告白だったけど、私は素直に嬉しかった。
まだ男の子と手を握った事さえ無い私だから、誰かと付き合うなんていつになるんだろうって思っていたけど、微妙な距離で付き合ってきた武藤くんが好きだって言ってくれて・・・自然にそれを受け入れようと思った。

だって・・・私には彼を好きになる大きなきっかけがあった。
もともと優しくて好きだったけど、中学2年の秋にあった・・・あの事件の事は・・・忘れられない。
これは言葉にすると相当恥ずかしいから、お互い一度もこれについて話した事は無い。

中2の秋。
学校できのこ狩りと名打って、山のきのこを採集して大きな鍋で煮て食べるという行事があった。
私は、調子に乗って相当な山奥まで入ってしまって・・・遭難した。
目印をつけたつもりの木が見当たらなくて、やみくもに歩いているうちに日が暮れた。

10月後半の気温は・・・相当寒かった。
私は、何時なのか分からない状態で山奥で一人孤独にうずくまっていた。
ここで死ぬかもしれない・・・そんな恐怖が襲ってきた。

数時間、そこで凍えて倒れていて・・・意識も遠のいてきた。
寒さで体がものすごいガチガチと震えているのだけが分かったけど・・・どうにもならない。
意識レベルが下がる・・・っていうのは、こういう状態の事なのかもしれない。

そんな中、いきなり頬に何かが当たる感覚があった。

「おい!意識あるか?おい!!」

そんな感じで、私は頬を誰かに叩かれた気がする。
でも・・・全く痛みも感じなくて・・・ただ、寒くて寒くて・・・返事も出来なかった。

私を見つけてくれたその人は、私をかついで大きな木の「ウロ」があるところを見つけて、そこに入った。
風がしのげた分、少しはましだったんだろうけど・・・私の震えはどんどん酷くなった。
誰が私を助けようとしてくれているのか全くわからなかったけれど、ふっと私の体に直接暖かい肌が触れるのが分かった。
外側に衣類を巻いて、私とその人は・・・上半身裸の状態で抱き合っていたみたいだ。
ダイレクトに人間の肌の温もりを感じたのは初めてで。
小さい頃にきっとお母さんから受けただろう温もりは・・・忘れてしまっていた。

「全部熱を奪っていいから・・・」
私の耳元で、その人の声がした。
その声を聞いたきり、私は意識を失った。





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