ヴィーナス

Side 手島 美月 2


次に目が覚めたのは・・・病院の中だった。

「美月!!良かった・・・武藤くんが知らせてくれなかったら・・・どうなってたか」

泣きそうになっているお母さんの顔が飛び込んできた。
どうやら・・・私を発見してくれたのは武藤くんだったみたいだ。
全く彼だったという記憶は無いんだけど、私が倒れているのを発見したのが彼なのは確からしかった。

じゃあ・・・あの夜に私を体温で暖めてくれたのは・・・武藤くん?

それを言葉にするのが恥ずかしくて、私はずっと彼にその事のお礼を言えずにいた。

で・・・、告白されたのをきっかけに、私は彼の好意に喜んで答えようと思った。
きのこ狩りの日の事は、やっぱり言い出せなかった。。
上半身裸で抱き合ったなんて、いくら緊急事態でも・・・冷静に考えると相当恥ずかしい。

時々デートをしたりして、純粋に楽しかった。
あまり口数は多くないけど、いつでも私がどういう状態かを気にかけてくれる。
人ごみに入る時はさり気なく手を繋いでくれたけど、私が嫌がるような積極的な行動は一切してこなかった。
普通、付き合うっていう男女はキスぐらいするものなんだろうけど・・・私達は高校を卒業するまで一回もそういうのが無かった。
私は彼と手を繋いでるのが嬉しくて・・・その手の温もりだけで、彼の愛情とか優しさを感じていた。

夕焼けのオレンジが強い秋の日暮れ時・・・私達はちょっと斜めに距離を保って歩いていた。
私はそのちょっと斜め前の彼の手を見ていて・・・自分からつないでみようかな・・・とか思っていた。
太陽が右から差していたから、彼の影は左に長く伸びていた。
そんな彼の影を見ながら・・・影の中で私は手をつないでみた。
影だけが重なっていて・・・本当に手をつないで歩いてるみたいに見える。

「・・・何やってんの?」
後ろを振り返った彼を見て、私は慌てて手を後ろに引っ込めた。

「・・・まさか、影で手を繋いでた・・・とか?」

「・・・」
恥ずかしくも、図星をさされて・・・私は言葉が出なかった。

すると、武藤くんは優しく微笑んで、私の手をちゃんと握ってくれた。

「手島の手・・・冷たい。末端冷え性なの?」
そう言った武藤くんの手は・・・暖かかった。

お兄ちゃんとは全然違う・・・ストレートで分かりやすい武藤くん。
彼も、優しい人だ。
それは転校してきた日から直感で分かっていた。
不器用で・・・何だか今時の人っぽくない程、奥手だ。
私と彼が付き合える事になったのは、かなり・・・奇跡に近い。

それでも・・・夕焼けの中、手をつないで歩いた事は・・・私の中でいつでもオレンジ色に色付いていて・・・暖かい記憶だ。



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