ヴィーナス

Side 手島 美月 3


私達の付き合いを知って、朝子は喜んでくれた。

「やっとくっついたか。時間かかったねえ、あんたたち。・・・ていうか、武藤も相当勇気いっただろうね・・・あの頑固ジジイみたいな男が。で、どんなデートしてるの?」

「一緒に買い物行ったり、映画見たり。お互い受験生だし、そんなに会えないよ。だから、ほとんどメール交換っていう日が多いかな」
実際、会えるのは月に2・3回程度だった。
武藤くんは特待をとる為に走る競技に多く出ていたし、その訓練が相当厳しいらしかった。
私は、それなりに・・・予備校とかに通って受験に備えた。

「そう、でもさ・・・友達同士だった頃とは違う感じ・・・あるんでしょ?」
朝子が聞きたいのは・・・もっと違う意味だっていうのは分かった。
でも、別に本当に朝子に報告するほどの事は何もない。
手をつないだだけだって言ったら、朝子はきょとんとした顔で肩の力を落とした。

「・・・本当なの?あいつ・・・キスすらしてこないんだ」
その“キス”っていう言葉の響きが妙に恥ずかしくて、それだけで私は顔が赤くなる。
こんな私だから・・・武藤くんだって、私に何もできないでいるに違いない。

「18歳になるっていう男が、あんだけ我慢してるっていうのは、体に悪い気がする。あいつ、走る事でそういうの発散させてんのかな」
朝子が何だか相当感心したような様子でそんな事を言った。

「男の人って・・・やっぱり、そういうの無いとつらいの?」
「当たり前でしょ。人間の体はそういうふうに出来てるのよ。得に男性はね・・・そういう欲求を抑えると、まともな精神状態じゃなくなるはずよ」
「・・・」

私はそれを聞いて、武藤くんの事じゃなくてお兄ちゃんの事を考えていた。
彼が・・・本気じゃないみたいに見える女性と時々付き合ってたのは・・・そういう事なのかな。
でも、それを認めてしまうと、私の中の彼が崩れてしまいそうで・・・嫌だった。

お兄ちゃんは、いつでも凛々しくて、自制が利いていて、どんな時にも完璧に理性を保っている人だって思いたかった。
体の欲望に勝てなくて、好きじゃない人とそういう事が出来るなんて・・・そんな人だなんて思いたくない。
ただ、ちょっと軽くデートしてただけだって思いたい。
それ以上の関係じゃなかった・・・って思いたい。

彼にだって自由に恋愛する権利があるし・・・私の勝手な気持ちで彼を束縛する理由なんかないんだけど。
だけど、私の中で彼は・・・光り輝いた憧れの王子様みたいな存在で。
いつでも私を高い位置から眺めて守ってくれているような・・・そんな存在であって欲しかった。

でもこれは、私の勝手な甘えた妄想なんだ・・・て、実は分かっていた。
お兄ちゃんだって普通の人間の男性なんだし。
東京で・・・もう彼女とかいるのかもしれない。
その証拠に、どんどん鳥取には帰って来なくなっている。

結局、私も東京の大学に合格して、朝子も合格した。
武藤くんも体育大学の推薦で合格して・・・3人とも東京に暮らす事になった。

東京にはお兄ちゃんもいる。
ある意味、鳥取での関係が・・・また再現されようとしていた。

これが、人間関係を複雑にかき乱す最終的な原因になるなんて・・・まだ私は知らなかった。


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