ヴィーナス

Side 手島 美月 2


信じられない反応だった。
今まで・・・5年近くも、あれを武藤くんだと思い込んでいた私の心が・・・崩れ落ちた。

「確かに・・・気絶したみたいに山の入り口に横になってた美月を見つけたのは俺だよ。でも、ちゃんとコートとか何重にも巻かれていて、誰か別の人の服と合体したみたいに丸まってた。俺も慌ててたから、その服が男のものだったかどうか・・・とか覚えてないけど」

そこまで言って、武藤くんは・・・呆然とした顔でその場にペタンと座り込んだ。

・・・武藤くんじゃなかった・・・?

じゃあ・・・あれは誰?
私が命の恩人だと思っていたあの肌の温もりを分けてくれたのは・・・誰?

「あのさ、その山での件を別にしたら・・・俺の事・・・実はそんなに好きじゃないだろ?」

「・・・」
返答に困った。
あの事件を軸に私は武藤くんを好きになっていたから、その軸が無くなった今・・・どうかって言われても、困った。
好きなのは間違いない。
長い付き合いで・・・安心するし、いい人だっていうのも十分過ぎるほど分かってる。

真っ直ぐで、嘘が無くて・・・どこまでもストレートな人。

お兄ちゃんとは全然違う次元の優しさを持った人だ・・・武藤くんは。

「今、兄貴の事考えただろ」
どんぴしゃに、武藤くんは私の思考を読んできた。
そして、ものすごい深いため息を一つついた。

「もしかしたら・・・俺を本気で好きになってくれてるんじゃないかって・・・思ってたけど。やっぱ駄目か。その山での事件を俺の手柄にしても良かったけど・・・それじゃあ、男がすたるだろ・・・」

「武藤くん・・・」
彼が言いたい事が、少しずつ伝わってきた。
彼が、私に何も手を出してこなかった訳。

陽くん・・・お兄ちゃんの存在のせいだった。

私の真相心理を洞察していたのか・・・彼は、私以上に私の心を読んでいた。

「あの綺麗な、最高にカッコイイ兄貴の事が好きなんだろ・・・?ずっと・・・ずうっと昔から。俺は・・・それに気が付いてたけど・・・もしかしたら人間の心はどこかで変わるんじゃないかって思ってた。だから、告白した日にOKもらって嬉しかったよ。でも・・・山での事件が軸になってるんじゃあな・・・無理だ・・・俺は美月の相手じゃない。もう耐えられないよ・・・美月の後ろにあの男の影を見ながら付き合うの」

最後の方は・・・吐き捨てるような言葉だった。

ストレートで真っ直ぐな武藤くん。
自分を誤魔化して・・・私を多少だまして・・・付き合うなんて出来ない人だ。
誰よりも私は彼を信頼している。

だからこそ・・・彼の言っている言葉の重みが分かった。

私が彼を・・・最悪に傷つけた。
もちろん、本当に武藤くんが好きだ。
だけど・・・やっぱり・・・私の背後には、常にお兄ちゃんの影がちらついていたようだ。

無意識に彼の話題が出ると・・・武藤くんは不機嫌になった。

それは、そういうところから来る気持ちだったんだ。

「ごめ・・・ごめんなさい・・・。でも私・・・本当に・・・好きだよ・・・」
涙が溢れて止まらなくなった。

好きだよ・・・雪の日に、団子作ってどぶ川にそれを投げながら私を励ましてくれたの・・・覚えてる。

いじめられていた私を気遣って、帰り道に色々話しかけてくれたのも知ってる。

子供会の行事で、モタモタしてる私の事を「馬鹿だなあ」なんて言いながら手伝ってくれたのも・・・全部覚えてるよ。

本当に・・・大好きなんだよ。

でも・・・ごめんなさい。
あなたを超えるほど大きな存在があって・・・どうしても、超えられない。

陽くん・・・あの人が・・・私の全てなんだ。



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