ヴィーナス

Side 手島 美月 4


美月・・・。

美月・・・。

誰かが私を呼んでる。


おい、意識あるか?
美月・・・!

薄く目を開けると・・・そこには、お兄ちゃんの顔が・・・。

「意識あるか?寒いか?ちょっと待って・・・どっか風しのげる場所探す」

そう言って・・・私を木のウロに入れてくれたのは・・・お兄ちゃん?
上半身裸になって・・・体温を分けてくれたのは・・・お兄ちゃんだった・・・。


夢の中で、私はまるっきり記憶が無いと思っていた部分の記憶を取り戻していた。
武藤くんだとばっかり思っていた、私の本当の命の恩人は・・・お兄ちゃんだった。
どうして、彼は直接私を連れて山を降りなかったんだろう・・・。


美月・・・。
美月・・・。

まだ彼の呼び声が聞こえる。
今度こそ・・・私は本当に目を開けた。
遭難した時と同じように・・・病院の白い天井が見えた。

「美月!俺が分かるか?」
目の前で涙をこぼしているのは・・・お兄ちゃん・・・陽くん。

「陽・・・くん」

「良かった!意識が戻った・・・」

私は、彼のアパートのすぐ近くで車にひかれた。
走りすぎてよろけていたから、うっかり横断歩道の途中で立ち止まってしまった。
そこに、やや信号無視に近い車に遭遇してしまったのが不運だった。

で・・・またもや、私は命が助かった。

しかも、失っていた記憶まで蘇った。
あのきのこ狩りの日に助けてくれた人の声・・・。
あれはお兄ちゃんだった。

私の愛しくて止まない人。
・・・どうしようもなく愛している人の声だった。

体につけられた器具が外されて、強く打った骨を固定するための危惧だけが装着された。
幸い、内臓に損傷はなくて・・・ヒビの入った骨が治れば、また歩けるようになるって言われた。
両親には来なくても大丈夫な程度の傷だって伝えてもらった。
大げさにお見舞いに来てもらうのも気がひけたから・・・。
私には・・・お兄ちゃんさえいてくれれば十分だ。

何日かして、あと少しで退院できるというところまで回復していた私は、毎日お見舞いに通ってくれていたお兄ちゃんに、とうとうあの日の事を告げた。

「お兄ちゃんが・・・あの山で助けてくれたんだね・・・どうして黙ってたの?」
私の唐突な話しに、お兄ちゃんはちょっと戸惑った顔をしたけど、すぐにあの日の事を思い出したみたいだった。

「・・・別に黙ってたつもりはないけど。美月が全く話題に乗せてこなかったから、黙ってた。美月が水を飲みたいって言ったから、空になったペットボトルに水をくもうとして川に降りたんだ。その隙に・・・武藤が美月を見つけて・・・連れて行ってしまったんだよ。でも、何で・・・それを今さら・・・?」

「私、記憶無かったんだよ。あの時暖めてくれたのは、武藤くんだとばかり思ってた」

「そっか・・・」

何かを納得したみたいに、お兄ちゃんはそれだけつぶやいて黙っていた。

私達は、目と目を合わせる事で・・・言葉に出来ないお互いの強い気持ちを感じていた。

今さら・・・もう、言葉にする事なんかない。
私は・・・お兄ちゃん・・・陽くんが好きだ。
どうしようもない・・・。


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