ヴィーナス

Side 手島 美月 5


私は、お兄ちゃんに自分の心を伝えようとした。
こんな弱気で内気な私が・・・言葉にしようもないほど愛している人に心を打ち明けようと・・・口を開きかけた時・・・彼はそれを制止するように立ち上がった。

「美月・・・早くよくなれよ」

そう言って・・・お兄ちゃんは私が呼び止めるのも聞かないで出て行ってしまった。

それっきり・・・それっきりだ。
お兄ちゃんは姿を消してしまった。
アパートを引き払って、どこに行ったか分からなくなってしまった。
会社も退職していて、本当に音信普通になってしまった。

彼は・・・999に乗って・・・どこかに旅に出たかったのかな。


退院する日は、両親が迎えに来てくれて、しばらく鳥取で療養する事になった。
私の手元には、彼の使っていた携帯が握られている。
アパートを出る時に落としたのか、大家さんが管理していた。
もう契約も切られていて、この携帯は死んでいる・・・。

それでも、電源を入れて履歴を見てみた。
お兄ちゃんの友人なら何か彼の情報を知っているかもしれない。
きっと、親しい友達の番号なら携帯に記憶されているはず・・・そう思ったから・・・開いた。

すると、メールボックスに未送信のメールが、メモリギリギリまで入っていて驚いた。


開いてみると・・・そこには私に届かなかった私宛のメッセージがぎっしり並んでいた。


”美月・・・お前が涙をこぼさないように・・・すぐ手でその涙を拭える距離にいたい”

”美月・・・お前の笑顔を見ていたい・・・ずっと・・・”

”美月・・・血が繋がっているなら・・・魂も繋がってるだろう・・・?”

”美月・・・お前の終着駅が俺だといいのに”

”美月・・・誰にも渡したくない・・・俺の腕の中にいてくれ”

”美月・・・愛してる”

”美月・・・美月・・・美月・・・”

こんな内容の・・・短いけれど、熱烈な私への愛情が未送信のまま記録されていた。

「・・・」
お兄ちゃんがこんなにも私を強く思っていてくれたなんて・・・微塵も気付かなかった。
しかも・・・”血が繋がってる”・・・って・・・何?

私は彼の愛を知ることの喜びと同時に、全く別の部分で絶望に近い感覚に襲われた。
嘘よ・・・私のお父さんは、今のお父さんじゃない。


「私とお兄ちゃんは血のつながりは無いんでしょう?」


私は何度もしつこく二人に聞いた。
どうしてそんなに聞くのかと言われ、実は私達は本気で愛し合ってるっていう事を伝えた。

当然・・・かなり驚かれて、お母さんはそんな権利も無いのに少し嫌悪の表情を見せた。
でも、お父さんはとても悲しそうな顔をして・・・ゆっくり陽くんの誤解について語ってくれた。

「陽は・・・私と君のお母さんが、長い付き合いだっていうのを知っているんだよ。だから・・・それを信じていてもおかしくはない。私も・・・随分たくさんの人を傷つけてきたんだな。でもね、美月・・・私と君のお母さんは、ちゃんと再婚するまで一線を越えたお付き合いはしてなかった。これは確実な話しだからね・・・お前達は間違いなく別々の遺伝子を持って生まれた子たちなんだよ」
お父さんは、目を伏せたままそう言った。
お兄ちゃんのお母さんを裏切っていた事をこうやって話すのはつらかったんだろうけれど・・・、陽くんの苦しみを解きたいという親心もあって、そう告白してくれたのが分かった。

自分のお母さんがそういう不道徳な関係の末に今のお父さんと一緒になったというのは、やっぱりショックだった。
彼の立場で言えば、私のお母さんの事も、私の事も、憎くて仕方ない存在なのに違いない。
なのに・・・彼はそんな態度を一度も見せなかった。
それどころか・・・私の事を、大事に・・・本当に大事にしてくれた。


陽くん・・・陽くん・・・私達、本当に義理の兄妹だったよ。


月と太陽・・・奇妙なリンクを見せた運命の人。

星の王子様が大事にしてくれたバラの花。
扱いにくくて、ちょっと憎らしいのに・・・放っておけない優しい王子様は・・・バラの花を大事に育ててくれた。
それが・・・お兄ちゃん。
幼くて、危なっかしくて、どうにも世話の焼けるやっかいな妹だったはずだ。
でも・・・見捨てないで、ずっと愛してくれた。

今頃どこにいるの・・・お兄ちゃん。
友達らしい人にも連絡したけど、誰も行き先は知らないみたいだった。

あまりにも長い時間抱えてきた心の葛藤に、彼は疲れたのかもしれない。

今さら私が彼を好きだと言っても、義理の妹だって言っても、すぐにそれを受け止められるほど器用じゃないかもしれない・・・。

私はゆっくり・・・心と体が回復するのを感じつつ、お兄ちゃんが戻るのを待った。

きっと彼は私のところに戻ってくれる。

だって、宇宙は広いけど・・・ずっとずっと旅をして戻ってくる場所は・・・やっぱり同じ場所なんだよ。
一度世話を焼いたバラの面倒・・・最後までみないといけないんだよ。

私は大切な・・・目に見えなかったお兄ちゃんの優しさや苦しみを・・・今さらのように知る事が出来ている。

ごめんね・・・ずっと私はあなたを誤解していた。
あなたが苦しんでいるのも知らないで、勝手に甘えたりすねたり、好き放題だったね・・・。
本当に、世話の焼ける口の悪いバラそっくりだね・・・私。



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