ヴィーナス

Side 手島 美月 2


星の王子様は・・・、小学3年生の私には難解だった。
朝子が10回読んでる意味が分かった気がする。
何度読んでも、何か読み残している気がしてしまう・・・。
人間にとって大事な事が凝縮されている・・・というのは、私も感じた。

特に、王子様が口の減らないバラを優しく世話してあげるシーンなんか・・・それを強く感じる。

結局、私はこの本を自分でも購入して、大人になるまで読み続けることになる。



小学6年になって、私は朝子と完全に仲良くなっていて、転校当初の孤独な日々からは解放されていた。
他の女の子とはあまり仲良くなれなかったけど、私には朝子と武藤くんの存在があれば十分だった。
家に帰ればお兄ちゃんもいるし・・・全く不満の無い日々だ。


「武藤ってさあ・・・美月の事好きなんじゃないの?」
朝子がある日、唐突にそんな事を言ってきた。

「え?んなわけないよ。だって・・・下校班一緒だけど、ほとんど口利かないし・・・教室では無視されてるよ」
私は恥ずかしいというか・・・焦りというか・・・色々な感情がごちゃまぜになって、体から汗が噴出しそうだった。
武藤くんを密かにいいな・・・と思っていたのは、私の方だったからだ。
運動神経抜群で・・・独特のセンスで生きてる彼。
すごく“男の子っぽい”っていう感じで、実際、スポーツは万能で・・・女の子の間で彼はいつでも人気があった。

私みたいな平凡な女の子なんて、どうとも思ってないだろうなっ・・・ていつも思っていた。
優しい言葉を少しかけてくれるのは、彼の中の義務感からきてるような・・・そんな気がした。

「それが不自然だっていうの!あいつ、女子の事は軽蔑してるっぽいけど・・・美月の事だけは何か・・・ちゃんと人間として扱ってる気がする。武藤狙いで何人もアタックしてる女子がいるけど、全員玉砕してるよ。美月ぐらいだよ・・・たまにでもいいから口利いてもらってるの」

朝子の言葉は別に嫌味っていう調子でもなくて、本当にそう思ったから言った・・・って感じだった。

「そうかなあ・・・。違うと思うけどなあ・・・」
私はそれを認めるのが恥ずかしいのと、本気にして傷つくのが怖いというのが重なって、朝子の言葉を否定した。

「ま・・・それはいいんだけどね。ねえ、今日も美月の家に遊びに行っていい?」
急に目を輝かせて、朝子が私に笑顔を向けてきた。
顔がいつものクールな彼女ではなく・・・ちょっと興奮してる感じだ。

「・・・いいけど。お兄ちゃんは今日部活で遅いよ?」
朝子がお兄ちゃん狙いで来るっていうのが分かりすぎるほど分かってたから、私はそう言った。
とたんに、朝子が顔を真っ赤にした。
こんな余裕のない朝子を見るのは、初めてで・・・相当お兄ちゃんを好きなのが分かった。

「べ・・・別に・・・そういう事じゃ・・・ないよ。ただ、もうちょっと美月と話したいなって・・・」
ごまかそうとしているけど、全くごまかせていない。
私と話したいなら、このまま道端に座ったりして話してもいいわけで・・・。

お兄ちゃんは、信じられないほどモテる。
私に特別優しくしてくれるから、逆恨みを買うこともあるぐらいだ。
私は・・・彼の妹だから、だから優しくしてもらえてる。
お母さんが再婚しなければ、一生接点なんか持てるような人ではない。
それぐらい彼は、はるか上空を飛ぶ飛行機のような・・・高い存在だ。




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